秋空に 早咲き梅の 散る良しに

「……何してるんです、あれ」
久しぶりに日野へと出向いてみたら、道場に上がるも門下生たちが落ち着きなく縁側をちらと覗いては去っていく。いい加減気が散りそうになって、文句を言おうと縁側へ顔を出すと飛び込んできた奇妙な光景に沖田は思わず足を止めた。珍妙な、とでもいうべきだろうか。自然とこぼれた言葉に、同じく道場で指導の手伝いに当たっていた井上は、渋い顔をして「ああ、こないだのだろ」などと言う。
落ち着きのない門下生に気を取られていたけれど、そういえば道場に近藤の姿が無かったのをおかしいと思うべきだった。いつ来てるんだかよくわからない歳さんはまあいいとして、と三つ並んだ背中を目にして首をかしげる。そのうち一つ、のっそりと大きな肉付きの良い背中は紛れも無く近藤のものだ。普段は道場でぴんと張りつめて大きく見える背中は、今は心なしうなだれて一回り小さい。近藤の隣の長い尻尾は土方のものだろうか。しゅっと細い背筋の真ん中で、くろぐろとした長いしっぽが興味なさそうにゆらり、ゆらりと揺れている。
「聞いているのか歳三!」
「がみがみうるっせーなァ、鹿兄は、いいじゃねぇか別によォ」
どうにも怒られているらしい、というのは反抗的な土方の声と、三つの背中を前に仁王立ちをした小島の張りつめた声からも安易に伺い知れた。
「……こないだのって」
近藤と土方はともかく、彼らの隣でこれまた背中を丸めているのはまさに今居る道場の持ち主でもある佐藤である。おやまあ、愉快な事になってるな、なんて沖田はのんきに三人を見物した後顔を引っ込めると首をかしげた。思い当たる事が無い。
「近藤さんの襲名披露試合があったろう」
気になるのか、ちらほらと道場から顔を出す門下生をうまく散らしながら井上は苦笑交じりに口を開いた。



「いやぁ、見ものだったぜ、彦兄の最後のお突き!」
大圀魂神社での野試合の後、興味ないですもんと簡易な宴の後に拗ねたように一人踵を返した沖田を追いかけた井上を除き、ほとんどの門下生たちがなだれ込んだのは府中の揚屋だった。皆汗の臭いもそのままに室内に詰めかけたのだから、妓たちにはたまったものではないだろうが、眉をひそめるそぶり一つ見せずにはしゃぐ若者達に酒をふるまっているのは、さすが本職の矜持と言ったところだろうか。
こちらは酒など一滴も飲んでいない筈だが、まるで酔ったように顔を上気させている土方を、同じく門下生に囲まれて然程好きでもない酒をしかし断るわけにもいかず舐めるように口にする近藤が面白そうに見ている。
酒に酔っているわけではなく一本ずつ打ち取った最後の試合で、大将にも関わらず単騎で敵陣に突っ込んで見事勝利を導いた佐藤の奮戦ぶりに酔っているらしい。当の土方本人はと言えば、佐藤の勢いにすっかり後れを取ってあわてて乗り込んだ陣で討ち取られていたがそんなことはもう頭には無いようだ。黙っていれば涼しい鼻梁に、ともすれば近寄り難くも見える白面が、ただの子供の様に輝いている。
「歳三は随分な散りざまだったもんなぁ」
酌を受けて上機嫌でからかう佐藤の笑いに、さすがにばつが悪くなったのか「うるせぇやい」と唇を尖らせる様が幼い。昔から実家の居心地が良くないのか、姉の嫁ぎ先である佐藤家に転がり込む事の多かった土方は、佐藤にとっては弟のようなものだ。
「なんだ、拗ねちまったか」
「厠!!」
妓の前だというのにこの口振りである。しゅっと裾を鳴らしてまっすぐに立ち上がるのは流石だが、周りについていた妓達が我先にと案内を買って出るのは面白くない。数人をひきつれる様にしてばらばらと慌ただしく部屋を出て行く義弟の姿を見て、これは小島がいなくて良かったかもなぁと彦五郎は苦笑しながら盃を干した。
「すまねえなぁ島……じゃねえ、近藤先生、ありゃあそっちでもやんちゃして迷惑かけてんじゃねえかい」
「いえ、歳はよく支えてくれてますよ。父にもよく言われます、俺はあれがいてくれてるので、父の苦労の半分もせずに済んでいるようなもので」
門下生からの酌をなんとかかわしつつ、照れたように頭をかく近藤の言葉は、決して大げさなものでは無いのだろう。先程はそれはもう見事としか言えない散り様を晒してくれた末弟だが、大店の奉公で培った気遣いや事務処理能力の高さは佐藤も認めるものだ。江戸で、決して裕福とは言えない道場を切り盛りする近藤の側においては無くてはならない人手になっているのだろう。
実際、時折小野路などへは近藤や塾頭の沖田ではなく、土方が稽古を付けに来る日もあると小島から伝え聞いていた。
「そうか、そんならいいんだ。ちっとばかし口は悪いが、あれもなかなか気立てのいい美人だろう」
大人しく祝言を挙げてくれりゃいいんだが、結婚しないの一点張りでな、と、先に妻を娶ったばかりの近藤へ愚痴を漏らす。隣に土方が居ようものなら、血相を変えて手が出ていたような言葉を平然と紡ぐ佐藤の豪胆さにも飽きれるものだが、本人の口からも同じような事を聞かされていた近藤は曖昧に笑って濁した。
気立てのいい美人、ね、と否定することのできない言葉に脳裏に思い浮かべた友人の顔が顰められる。まぁ、言葉の通りだ。佐藤に他意はない。
「それにしても遅いな、歳三の奴は。先に部屋でも上り込んじまったのか、あいつは」
何人も妓を引き連れたまま戻ってこない土方を揶揄う佐藤に、周りの門弟達が一斉に不満の声を漏らす。ズリィや歳さんばっかりいつもいつも!そりゃオメェ仕方ねえだろ、あの色男相手じゃ分が悪い諦めなァ。ひでぇなぁ。
どっと広間が沸き立った所で、からりと障子が引き上げられて妓たちが戻ってくる。しかし土方の姿は見当たらなかった。
「ん?歳三はまだ厠かい、気張りでもしてんのか」
「やぁだ佐藤の旦那、土方さんは気分が良くないとかで、離れで休まれてますよ」
「一滴も飲んでないのにか」
「皆さんこれだけ飲まれてるんですもの、飲まなくても当てられたんでしょう、少し寝るとか仰ってましたよ」
ねえ、と妓たちがクスクス顔を合わせて囁き合う様は本当らしい。これは本当に拗ねちまったなぁと近藤を見れば、注がれそうになる盃に手で蓋をしていた彼は、困ったように笑った。
「後で自分が様子を見てきましょう。酒には酔ってないが、彦さんの剣に随分心酔してた様だ」
試合とは言え、実践さながらの気迫であった。あれだけの人数で野試合をする事も珍しい、熱気に当てられて酔ったとしてもおかしくはないだろう。
実際、総大将として実際の試合には参加しなかった近藤でさえ、飛び出して行きたくて随分と歯がゆい思いをしてしまった。思い切り気迫を発しながら撃ち合う門弟たちが羨ましくもあったのだ。それは同じく検分役として試合には参加できなかった沖田なども同じ心持ちだったのだろう。
不完全燃焼だな、などと口にするわけにもいかず、晴れやかな顔とは裏腹に胸の内には熾火のような炎がくすぶり続けている。
やがて宴も酣となり、あちこちで妓を口説きにかかるもの、早速部屋を抜け出すものなど様々だ。酔いつぶれて部屋の隅で転がっているものも少なくはないが、幸いな事に狼藉を働く様な輩は出ていない。折角の祝いの席での不祥事は避けたい所だ。
「……いや、俺は」
少し気が緩んでいたのかいつのまにか蓋をしていた盃を返され、差し出された銚子に慌てて再び掌で蓋をする。先程までは気配も感じなかったが、いつの間にやら隣に膝を揃えた妓が酒を傾けようとしていた。
白粉と白檀の香りが鼻をくすぐる。甘い様な、そのくせどこか体臭を思わせる様な気配に、酒には酔わずとも頭が揺れる。いかんなこれは、と酒を固辞した所で顔を伏せたままだったおんなの目を見た近藤の、動きが止まった。
「………おい、お前さんまさか」
白粉を塗られた白い手首を掴む。ギクリとこわばった身体に、隣で注がれるままの酒を干していた佐藤がおや、と顔を向けた。笊のごとき飲みっぷりだが、流石に回ってきたとみえ、浅黒く日に焼けた頰にもじんわりと朱が差している。
「なんだ先生もお持ち帰りかい、結構結構、そりゃあ随分なべっぴんさんじゃないですか。今日は借り上げだ、楽しんできたらいい」
「え、あ、いや、……」
幸いだったのは、そのまま佐藤が戸惑う近藤から目を逸らして酌を受け続けてくれた事だろう。掴んだ手を振り払いもせず、顔を伏せたまま固まった妓を促して席を立つ。それじゃあ、お言葉に甘えて。
入り乱れてもはや誰が部屋を出たかなど分かりもしないだろう。廊下まで賑やかな声の響く座敷を抜け出し、妓の手を引いて人気のない部屋を探す。随分と背の高い妓だ、と黙りこくったままの骨張った手を引いたままだったことを今更の様に思い出し、近藤は唇を噛み締めた。


「……で、どういう事だ」
先程、そう言えば妓達が囁き交わしていた「離れで寝ている」の言葉を思い出し、鍵の開いたままの小さな離れへと来てみれば、薄暗い部屋には脱ぎ散らかされたままの土方の単が有ったが寝ているはずの当人の姿は見当たらない。
大人しく近藤に手を引かれていた妓は、引き戸を閉めた途端、ぱっと顔を上げて安堵しきった口を開く。鮮やかな牡丹色をした唇から溢れたのは、可愛らしいものではなく、随分と、……低い。言うなれば成人男性の。
「助かったぜ近藤さん…」
「いや、おまえ、何、何だそれは」
酒の力とは恐ろしいものである。部屋に戻って来た妓の数が一人多かった事も、うちの一人が随分背が高かった事も、誰も気づきはしなかったらしい。一言も声を発しなかったのは、声を出せばそれは直ぐにバレてしまうからではあろうが。
つまりは、妓の格好をしているんだかさせられているんだかのこの目の前の人物は、紛れもなく、
「トシ」
「こりゃあ訳があるんだよ!」
「どんな訳だ。厠に行ったんじゃ無かったのか」
ご丁寧に梅のお仕着せだ。長身の男が着ているせいでお引きずりは随分とつんつるてんだが、なんとか着物の中に収まっているのは逆に感心してしまう。よくもまぁあつらえた様にこんな大ぶりな着物があったものだ。
「さっきの女たちにだよ……」
「遊ばれたのか、それはまぁ良く大人しくしてたもんだな…オメェが」
「あっちは五人だぞ、女に手ェ上げるわけにも行かねえだろうが!」
遊んでねぇで脱ぐの手伝ってくれ、と複雑に締め上げられた帯に舌を巻いている男の帯に手を掛ける。あちこち挟み込まれている帯やら紐やら布やらは、下手に触れば逆に締め上がって行く様で、苦しい!苦しい!などと土方は先程から悲鳴をあげて居たが。
「どうなってるんだこれは」
「んなの俺だってわかんねぇよ、すげえな女、こんな着付けしてんのか」
「……俺はてっきり、脱がせるのは手慣れてると思ってたぞトシ」
意地悪く笑ってやれば、背中を向けたままの首が刷毛で朱を乗せたように染まり上がる。自分で脱ぐのと脱がせんのは勝手がちげぇよ、と呟く声も心なしかバツが悪そうだ。
「まぁ、お前さんの場合黙ってりゃあ女が勝手に脱ぐか」
「近藤さん!」
投げかけた一言に、あくせくと帯を引いたり結び目にかじりついて居た背中が跳ねる。普段ならば軽口の一つや二つで受け流されそうな揶揄いを真に受けているのは、格好のせいだろうか。耳の先やらうなじやらが紅く染まるのも、化粧なのか何なのか最早分からない。
「暗いな、ちょっと待ってろ」
うすぼんやりと障子を透かして入り込む月明かりだけでは慣れない手元が覚束ない。暗闇に徐々に慣れた目で置き行灯を探して火打石で明かりを入れれば、やっと暖かな光が辺りに満ちた。
急にさした光に眩しそうに目を伏せる姿は確かに、
「ははぁ、こりゃあ確かに別嬪だ」
ゆらりゆらりと細かく瞬く光に、白粉を塗られた頰が橙へと染まっている。女にしては背が高すぎるし、着物に押し込まれて今は見えない体つき確かに男のもののはずだ。しかし、もともと優しげな白い顔に、精悍というにはぱっちりとした目は化粧のせいでさらにくっきりと際立っている。つまりは、ご丁寧に唇やら目尻に引かれた紅のせいで、酒に飲まれた頭では一瞬見たくらいでは区別がつかなかったのも無理はない。……と言うことにしておこう。別嬪、と佐藤が口走ったのも、しっくり来る好みの顔だなと一瞬見惚れたのも。
「馬鹿!」
詰る言葉までがまるで女の甘言に聞こえてしまうのは、慣れない酒を舐めたせいか。何本も頭に刺さった簪を抜き取っていけば、頭上に結い上げられた黒髪が、肩の上を流れ落ちていく。絡まった帯締めをなんとか解き、キツく締め上がった帯を緩めて。しがみつく様に体を支えているせいで、帯に触れるたびにため息の様に耳元に吹き込まれる吐息と、白檀の香りが思考を奪う様だった。
「大方、あの内の誰かと遊んだツケって所だろう」
うる、せえ、と言ったか言わなかったか。不意に緩んだ帯が滑り落ち、蛇がとぐろを巻く様に畳の上へと折り重なって落ちて行く。締め上げられていた呼吸をやっと取り戻したのか、はたまた気が抜けたのが、ぴんと張り詰めていた背中も帯とともに緊張を失ってかしいだ。「あ、」と囀るような吐息が一言、熟れきった唇から溢れでる。微かに耳をくすぐった細い声に、心の臓を直接差し込まれた手で握られたような、気がした。
「ああ、ありがとよ、近藤さん。たすかっ…」
た。
…と、最後の一言は声にならずに着物の襞の間にしまいこまれて畳の上へと零れ落ちた。一瞬、何が起きたのかわからずに、もつれ合って倒れた違い体の下敷きになったまま、二人揃って息が止まる。ジリジリと、行灯のこよりが音を立てて燃える音と、油の焦げる微かな匂い。汗に混じった白粉と白檀の、息の詰まる様な女とも男とも言えぬ、妙な。…匂いが。組み伏せた身体が、驚きと予想外の事態に、無防備なまま硬直している。
「まさかな、こんな格好までして」
手を上げられないとは言え、幾らでも逃げる術などあったのだ。女五人がかりであったとしても、こちらは短くもない間剣で鍛えた腕もある。……意識のどこかで、甘んじてこの格好を選んだ、と。気付かれるな、気付いてくれるな、と背中が冷たく濡れていくのを感じながら、だから違うって、と言い訳を口にする声が、空々しく聞こえた気がして土方はゾッとした。何が違うって?と低く笑う近藤の顔を直視できない。
……こんなに浅ましい真似をしてまで。
「かっ、…ちゃん」
着替えっからよ、と身じろぎをした体があっけなく押さえ込まれて喉が鳴る。自分は一体どうされたかったのだろう、と薄い襦袢越しに触れる手のひらが、びっくりするくらいに熱くて、それ以上動けなくなってしまって。
「酔ってんの、かよ、あんた」
「おめぇさんが言うか、それを」
確かに酒を注がれはしたものの、ほんの唇を湿らせる程度にしか飲んではいない。酒を飲んだ時の様な喉の熱さも乾きもないくせに、先程からずっと感じている熱が何のせいなのか、最早考えるのも馬鹿馬鹿しいと思った。
「おっ、おれァ、酒なんざ一滴も飲んでねえ」
「そう言うことじゃ、無くてだな」
酔うのは酒だけでもあるまい、などと不粋なことを口にするまでも無く、溺れる様にもがく体を見下ろして、ふ、と笑いを漏らせばたちまち硬直したまま土方のつま先から頭の先までが茹だり上がる。
「……可愛いよなぁ、本当に」
そのまま湯気でも出して沸騰しかねない顔をまじまじと見つめて呟けば、今度こそ飛んできた手に思い切り額を叩かれてしまった。


とは言ったものの。
「ゔっ……ぐ、う、うぅー……っ」
「まぁ、そりゃあ女とは勝手がちがわぁな」
最早白粉も紅も涙と汗とよだれにまみれて見る影もない。ちょっと大人しくしてろ、と手拭いで顔を拭ってやって、やっとマシになった所だが、唇が赤いのはまだ薄っすらと残った紅のせいなのか、それとも血の巡りのせいなのか。
都合よく通和散の用意があるでもなく、行灯の油に浸した指を動かせば、カエルを踏み潰しでもしたような声を上げて身体がこわばる。
「もちっとこう……色気のある声は出せんのか」
ぐえ、と固く指を喰い締める蕾をこじ開けようとして溢れた声に苦笑し呟けば、眼前で跳ねていた裸の背中が震えた。
「しょっ、しょうがねえだろ…?!」
陰間であれば、体の柔らかい子供のうちに仕込みをされると聞く。すっかり筋肉に覆われて硬くなった尻の間を弄りつつ、これは無理かもなぁと呟いて見ようものなら、無理じゃねえと売り言葉に買い言葉だ。褥の台詞とは思えないようなやり取りに呆れを通り越して笑いが溢れる。
「喧嘩じゃねえんだぞトシ、お前な」
あんまり力むな、と指を一本咥えるのが精一杯と言った風情の体に呟けば、力んでねえだとか、無理じゃねえだとか。ぴいぴい泣き言を呟くばかりの唇をじっと見つめて子供か、と鼻をつまむと反射的に開いた口にしゃぶりつく。
驚いて間近にぱっちりと見開かれた目尻がみるみる朱に染まり、息を封じられてバタバタと暴れ、背中を激しく叩き出す。暫くもがく体を抑えた後で、顔と手を離してやれば、ひゅうっ、と大きく息を吸った身体がしなって、溺れた後のように深い呼吸に力が緩んだ。指を食いしばっていた抵抗が無くなり、油を吸った指が二本、ずっ、と奥まで差し込まれる。
「よし」
「よし、じゃねえー!」
一瞬、何をされたのかよくわからなかったのか、溢れんばかりに見開かれたままの目がぱち、ぱちと瞬いて。中を確かめるようにぐるりと回した指に今度こそ頭から湯気を吹く。どっちが情緒だ、雰囲気だと騒ぐ口をもう一度吸ってやろうかとも思ったが、面白いので近藤は放っておくことにした。
女の体は妻が居る身からして知っていても、陰間遊びをするような金などあるはずもなく、女遊びが盛んだったわけでも無い。男同士でどう契るかなど、ぼんやりした知識で知っては居ても、実際試すとなると別の話だ。
「はらわた、たぁよく言うな」
指先で触れる体のうちは、それこそ綿の詰まった掻巻でも触れて居るようにフワフワとしている。今にも指を折ろうとでも言うかのようにきつくすぼまった蕾とは全く別の生き物かのようだ。口を開くたびに、羞恥と息苦しさのせいなのか、腕の下の体は身じろぎを繰り返しながら両手で顔を覆う。生娘じゃあいるまいし、と呟く傍の生娘のような態度に自然と唇が緩むというもので。そこでまた可愛いなどと口にすれば、いつまた手が飛んでくるか分からない。
「痛いとか、いい、とかあるのか」
男の身で受け入れるのは女と違って苦痛しか伴わぬものなのであろうか。浅い息を繰り返しながら顔を覆ったままの土方を見下ろせば、聞こえているのか居ないのか、唇を噛んで声が漏れるのを耐えている。トシ、と耳へ名前を吹き込めば、びくりと肩が跳ね上がった。
とはいえ、別に苦痛を与えたいがためにこんな酔狂なことをしているわけでもなく、かと言って今更やめると言っても意地っ張りなこの男のことだ、首を縦にはふらないだろう。行灯の覆いを外すと皿を傾けて掌へと油を落とす。火に炙られて熱い液体を手の中で冷ますと、糸を引いて震える下腹部へと落とした。急に触れた液体の感触に手が上がったのをすかさず、手首を捉えて顔を上げさせる。しまった、と怯む様を楽しみながら油の滑りを借りて更に奥へと指を差し入れれば、逃げ場を失った白面が歪んだ。痛いかと聞けば、そうでは無いのだと鳴く。かと言って気持ちの良い素振りは見せないのだから、良いというわけでも無いのだろう。
「……良くはねぇか」
油を捏ねる、粘度の高い水音を聞きながら、なんとかこじ開けた穴へ三本目の指を差し入れる。圧迫感からか紅の残る唇が開いて、空気を求めて震えた。白い歯の隙間から覗く舌が、蝋燭の光に嬲られてまるで何か別の生き物のようにぬらめいている。
女は、こんな獰猛な獣じみた気配はしないな、と。腕の中に封じた体に感じる心地につける名前を、近藤はまだ持ち得ない。支配欲でも無い、かと言って友愛というには行き過ぎだ。
(泥酔だなこれは…)
「んっ…んん、っ…!」
押し込むように指をねじ込むと、薄く開いた口に自らのそれを重ねる。先程のように息を塞ぐのではなく、口の中で逃げようとする舌を嬲って軽く噛めば、咥えた指が一瞬締め付けられるのを感じて、ふふ、と思わず吐息が漏れた。
「そうか、トシは口吸いが好きか」
「……あんた今日ほんと、良く喋んな…」
濡れた唇は、微かな紅の香りがする。女五人がかりの手でもって、丹念に磨き上げられ、施された化粧は手拭いで拭った程度では落ちないという事だろう。うなじに顔を埋めれば、まだ残った白粉の甘ったるいような香りがしっかりと残って居た。
「そうか?」
なら黙っているか、嫌ならしないが。と、呟いて見せるのもちょっとした意地悪というやつで。案の定土方は上気した顔のまま「そうじゃ、ねェけど…」などと歯切れの悪い言葉を返す。
「素直じゃねえなぁ」
喉を鳴らして笑うのを、どう思ったのか。襟ぐりを掴むと今度は土方の方から唇を押し付ける。軽く噛んで舌で嬲り、啄ばむように何度も唇を挟まれるのは、流石に手慣れているということだろう。大人しく戯れるような口吸いを受けているうちに、震えるように時々力の緩む蕾に指を抜くと、代わりに褌を解いて既に痴態に熱を帯びた芯を押し付ける。熱に気づいたのか気付かないのか、土方の瞼が震えた。
「こん、どうさん、…?」
互いの戯れに熟れきったのか、やや腫れぼったくも見える唇を離して囁くようにつぶやかれた名前に一瞬力が緩む。その隙を縫うように、押し付けた腰が沈み、先程まで指を飲んでいた胎内に亀頭が潜り込んだ。途端、惚けた顔をしていた土方が息を詰め、声にならない悲鳴をあげる。
「いっ…っ…だだだ!おい!トシ、っち、力抜け!」
ぎち、と音がしたか分からないが悲鳴とともに急に食い締めるような締め上げに襲われて、近藤からも悲鳴が上がった。しかし力を抜けと言われたところで、生理現象がなんとかなるわけでもなく、涙目のまま死にかけの魚のように口をぱくぱくと開閉しているばかりの土方に、軽く舌打ちをすると肩を掴んで顔を上げさせ、唇へと噛み付く。無意識なのか何なのか、溺れた人間が藁でも掴むように背中へとしがみついてくる腕が、痛みを残すのは爪が食い込んでいるせいだろうか。生娘じゃああるまいし、などと先程口にした言葉を頭の中で反芻し、気をそらせるように舌を嬲る。とは言うものの、幾ら綺麗な顔をしているとはいえ男など相手にするわけも無いこの親友が…親友と呼んでいいのか最早よく分からないが。腕の中でいじましく溺れているこの男は、言うなればその言葉の通り生娘なのかと思うと愉快な気持ちにもなる。
「まさか俺が、新鉢割のご光栄に預かれるとはなぁ、トシよ」
先程まで食いちぎらんばかりに引き絞られていた身体は、散々舌を嬲られたせいか、ゆっくり体重をかけてやれば少しずつではあるが素直に飲み込んでいく。素面であれば、それこそ額どころではなく顔面に拳が飛んできそうな言葉にも反応がないのは、
「っひ、…ぅわ、あ…嘘、嘘だろっ…」
徐々に隙間を狭めていく体を凝視しながら、今にも卒倒しそうな声を上げているからで。
「嘘じゃないだろ、ほら、入ったぞ」
ぐ、っと肩を押すように腰を押し付けてやればぴったりと臀部が腰へと当たる。震えてはいないので、痛くはないのかと気遣って顔を見れば、普段は涼しげに笑う目元が半分蕩けたような妖しげな光に濡れているのを認めて息がつまる。女を抱く時も、こんな顔をするのかこの男は、と一瞬思い、いや、と笑いそうになる唇をひき結んで足を抱え上げた。
「さぁて、おとしよ」
「は?!」
「惚けちまってるのはいいんだが、そうぎゅうぎゅう喰われたままってのもこっちも生殺しでな」
悪いがちっと付き合ってもらうぞ、と浅く抜いた腰を押し付けた。ふわふわとした身体の中は女の味とは違うな、女の体はもっとこう、貪欲に絡みつくような粘つくような粘度の高さがある。そのくせ今腕の下で悲鳴を上げている身体は、外見はカチカチの癖に中は何だ。この、真綿のような。
「っ…ふ、」
「わ、うわ…っ、こ、んどうさ、っちょっと…っ…!」
身体をゆすり上げる度に逃げようとする腰を掴めば、土方は焦ったような声を上げた。擦られれば容易く快楽を得るこちらとは違い、身体の中を引っ掻き回されたくらいではそうそう乱されることもないのだろう。ならばと、腹部の上にだらりと乗ったままの花芯に手を添えてしごいてやれば、たちまち焦った声を上げて身をよじる。待ってと言われて待つような無粋でもあるまい、と容赦なく手首を動かせば、焦り聲が泣き声に変わるまでさほど時間はかからなかった。
しなやかな背中が跳ね、布団に幾重にも波を立てる。男を咥え込んだ体から立ち上るのもまた、紛れもなく男の匂いのはずなのだが、
(白いな…)
白粉などに頼らずとも、とは思うほどには自分の肌との対比が目立つ。
「っひ、ぅ…かっ、ちゃんっ…かっちゃん、っ…」
うわ言のように繰り返される名前は蕩けて、唇が開かれるたびにぞわぞわと背中がむず痒いような、腰が浮つくような、妙な感覚に襲われる。
「お、っ…はぁ、っは、はは」
ずりずりと中を捏ねるように何度も腰を押し付け、やわらかな肉を引きずって嬲る。陰間がここで仕事をするなら、中が良いことも有るんだろうなと考えていたら、ずる、と抜きかけた雄が何処かを擦ったのか悲鳴を上げた体がのけぞった。
「なんだ、痛かったか」
「っ…ちが……」
だいぶ馴染んで素直に雄を咥えていた口が、またびっくりしたように噛み締められたのを感じて見下ろせば、土方は目を白黒させて喉を震わせている。さては、と思ってゆっくりゆっくり身体を沈めて行けば、声を殺そうとして失敗した細い悲鳴を上げながら眼前の裸体が跳ねた。
「ははぁ、何処ぞたまらんところがあったか」
「ちっ、ちげぇよこの助兵衛!何言ってやがるッ」
「ここまでしといて助兵衛とはまた、なぁお前。その口振りまで女みたいだぞ、トシ」
「なッ…」
何を、と茹だり上がる顔を笑って今度こそ容赦なく腰をゆすりあげる。先程触ったらしい「良いところ」はそう都合よく触れぬのか、何度か突けばそのうち何度かは堪らないように身をよじって悲鳴を上げた。その度、まるで何かを強請りでもするように切なげに口をすぼめる身体に唇が歪む。
減らず口がきけなくなる頃に、燃え尽きる寸前の行灯の火に揺らめいた白い首筋が酷く…扇情的で。
「いっ……!っぁ、あわ、あ…!」
すん、と鼻を鳴らして頸に顔を寄せれば汗と白粉の混ざった香りが脳髄を蕩かしていく。そのまま口を開いて思い切り噛み付けば、びくっ、と腕の中で土方の身体が大きく跳ねた。扱いていた花芯からは温い精蜜が垂れ、種を吸い上げでもするようにふわふわとしていた胎内が、急に蠢動を繰り返す。
「ぉっ…ああ、トシ、…っ」
誘われるままに最奥を抉ると欲を吐き、荒く弾む息のままどこか呆然としている顔を見下ろした。首筋には、今しがたつけたばかりの歯型が鮮やかに刻印されている。
「なんだ…今ので、気を遣っちまったのか……」
すっかり寝乱れた髪が、波の寄った布団の上に散っている。息を上げた身体はまだ情事の気配を残して匂い立ち、気を抜けば何度も貪りたくなるような熱を留めていた。
「トシ、トシ、ほらしっかりしろ」
「へ、あ?」
ぺちぺちと軽く頰を叩いてやれば、やっと目が焦点を結ぶ。まだどこかぼんやりとした顔をして、腹部を懐紙で拭ってやってもまだ、心どこかここにあらずといった目で暗がりに惚けているが。
「気が済んだか?」
「……そりゃ、こっちの台詞だぜ近藤さん、あんた、」
「…何だ?」
「なんでもねえよ、酒は抜けたかって言ったんだ」
元より、酔ってなどはいなかったが、酒のせいにしたかったのだろうかと思うと本当に三十路を間近に控えた男かとおかしくもなる。肩で笑えば、何だと不機嫌そうに眉を寄せられてしまったが。
「いや、…いや、何でもない。ほら、先に出てお前は湯屋に行ったほうがいい。酷い面だぞ」
のろくさと身支度を始めた土方を、掻巻を引き寄せながら見守れば、あんたは良いのかと首を傾げている。脱ぎ散らかされた女物の着物を見て、煙管盆を引き寄せながら熾火で灰へとなんとか火を入れた。紫煙が、夜明けに向かいつつ有る空を背に淡くたなびいて消える。
「先に帰るわけにも行かんだろう。朝になったら彦さんたちと支払い済ませて帰るさ。皆を連れて帰らにゃならん」
「そうかい」
「ほら、被ってけ」
帯を締めて腰を上げかけた土方の頭へと手拭いを投げる。なんだよ、と訝しげな顔をする唇を指して、紅が残ってるぞと言えば、たちまち目元に朱がさした。
「首にもまだ白粉が残ってる。よく洗ってきたほうがいい」
「…っうるせぇやい!」
代わりに投げつけられた簪をひょいと交わして笑い声をあげる。散らかった部屋を見られたところで、女を抱いたとしか思われないだろう。
「…歳三」
頭から湯気を出しながら離れを出て行こうとする背中を呼び止めて煙を一口吸い込む。言われた通りに手ぬぐいを被った横顔が、暁の空に染まっているのが眩しい。何だよ、近藤さん、とぶっきらぼうに呟くのも照れ隠しだと言うのは分かっていた。今は互いにまともに合わせられない顔のせいで、喧嘩腰になってしまうというのも。
「次はもうちっと、うまくせんとな。そんなによかなかったろ」
気をつけて帰れよ、とひらりと振った手に。
勢いよく「知らねえ!!」と閉じられた扉を見て近藤はひとしきり腹を抱えて笑った。次、次ね。多分それはまた、…おそらく。


「若先生白粉の匂いさせてましたもんねえ、トシさんも風呂上がりで帰ってきて。そりゃあ怒りますよ小島さん。佐藤さんついてたのにあれですもん」
相変わらず小島の説教は続いているらしい。真面目なのだかふざけているのだか、小田原から帰ったばかりの小島のところへ、事の顛末を馬鹿騒ぎまで含めて全て報告したのは佐藤の手紙の寄るところらしい。彦兄は余計なことしやがってよー、と不貞腐れる土方をぴしゃりと叱る声が先程から響いていた。
「まぁ、無理もないと言えば無理もないけれどねえ……あの大舞台の後だ。近藤さんもたまにはハメを外したかったのだろうさ」
「ツネ殿に告げ口してやろうかしらん」
こら、やめておやり。……などと井上と沖田が話し込んでいると、やっと解放されたのか、やや窶れた顔をした三人がよろよろと顔を出す。
「あ、やっとお許しだ」
「いやあ、これはみっともないところを見せちまって」
などと頭をかく近藤は反省しているのかしていないのか、直ぐに一礼すると木刀を片手に道場へと上がる。土方はと言えば、疲れ切った顔でぐるぐると肩を回しながら「鹿兄の説教長え!」などと呻いているが。当の小島は門下生たちへの食事の準備だ何だと佐藤を引きずって何処かへと姿を消している。
「まぁ、小島さんの言うことも間違っちゃないさ。近藤さんももう宗家だからね、変な噂が立っちゃ折角の襲名披露が台無しだろう。トシもたまにはちゃんと手綱握ってやんなさいよ」
「手綱ってね、源さん、そういうのは俺じゃなくてツネ殿の……」
言いかけた土方の襟を引っ張ったのは沖田だ。あー、やっぱり、などとニヤニヤ笑いながらはだけた首筋を指差している。井上も、思わずあっと口を押さえて空を仰いでしまった始末だ。
「妙にきっちり着込んでると思ったらこれだもんなぁトシさんは。随分凶暴な人の相手でもしたんですか、ざまあみろだ」
「はぁ?何言ってやが……」
言いかけた先にあっと言葉を詰まらせて慌てて襟を正す。首に残っているのは、そうだ。…昨日確かに噛まれた。
「にしてもでっかい歯型!若先生にでも噛まれたんですか!」
や〜らしい、とぴょんぴょん跳ねながら逃げていく沖田に、一瞬反論が詰まった。ンなわけあるか!振り上げた拳が落ちるとっくの昔に総司の姿は遥か彼方に遠ざかっている。付き合いが長い分、あしらい方も慣れたものだ。
「ほら二人ともじゃれてないで、そろそろ皆にも昼の準備ができたって集めといとくれ。さっき小島さんところが何か持ってくるって」
総司はお茶、トシさんは若先生呼びに行って、とてきぱき指示をする井上は、先程拳を振り上げた土方の耳が赤かったのは多分…。何かの見間違いだろうなと。
そう、思うことにした。
「いやぁ今年は随分と暑さが長引くからなぁ……」
何か言ったかよ、源さん。
いやいや、なんでもないよ。
秋が深まりつつある空には、のんびりとうろこ雲が戯れている。昼餉は魚がいいなぁ、などと。俄か慌ただしくなる道場を背に井上は軽く伸びをした。

作成:2018年1月07日
最終更新:2018年1月07日
わりと身勝手な近藤さんと、若先生に夢をみているおとし。
気をぬくと直ぐ女装させてしまうな……。

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