ヒント:「甘くて美味しいもの(8文字)」

「昼間のアレはやりすぎだ」

彼はさっきからずっとベッドに寝そべって開いた雑誌に顔をうずめている。時々傍らの端末を指でなぞったり、ペンで何やら雑誌に書き込んだりもしていた。
ベッド脇のボードには、行儀悪くマグカップが湯気を立てていて、それを時々口へ運ぶ。甘い、ミルクの香り。だがその中にたっぷりのリキュールを入れていたのを知っているので、「太るぞ」と定型句のように声をかけた。無論、そんなことで彼が肥満するようだとは端から思っては居なかったけれど。
夕食にはたっぷりのグリーンポタージュ(ゆでた青豆を丁寧に潰した)とカリカリに焼いたバケット、オイルと唐辛子でからく煮たエビとブロッコリーを沢山食べた。
朝と昼はさほど食事にせいを出さない彼だが、夜だけはどっさり食べる。ついでにワインもあびるように飲んだため、まだ少し胃の辺りで熱を持っているような気がした。小さな優しい蝋燭を、懐に抱いているような。
いいことだ、とムウは手元で泡まみれになったフライパンをぬるま湯で洗い流し、小さくうなずく。食べないよりは食べてくれた方が良い。一緒に住み始めたころの彼、クルーゼ(今はラウと呼ぶべきかもしれない)は驚くほど食が細かった。
動けるだけに必要最低限のエネルギーしか欲さなかったのだ。拒食症というわけでもなく、ただ単に食べ物に興味をあまり示さなかっただけだが、それでも今は大分改善されている。

「…何が?」

泡が排水溝に吸い込まれ、フライパンが奇麗になったところでとぼけた声をだす。クルーゼが何を言いたがっているのかは分かっていた。そんなにバカじゃない、と思いながらしかし惚けるのは言わば自分なりのコミュニケーションだ。

「昼間のアスランのことだ。驚いていたぞ、あの子もバカじゃない。子供じゃあるまいし、あんな当てつけのようにお前は」
「そんなつもりじゃなかったんだけど」

手を拭いてクルーゼが体を投げ出しているベッドへと向かう。食事のあとにシャワーを浴びたのか、緩いウェーブの掛かった髪はピンで簡単に纏め上げてあり、白いうなじが眩しい。
パジャマ代わりのガウンから惜しげもなくさらされたそれに、思わずかじりつきたくなる衝動を抑えて腰を下ろした。小さな声で不平を漏らし、ベッドがたわむ。

「…楽しいのそれ」

最近クルーゼはクロスワードに嵌っているらしい。
先ほどから熱心に頭を突っ込んで読んでいる雑誌を盗み見れば、三割ほどクセのある字で埋められた升目が見えた。担当した連載(今彼はいくつかの雑誌で名前をかえてものをかいている)のために送られてきた雑誌についていたようだ。それ以来、部屋の隅に束ねてあった古い雑誌や新聞をあさっては寝る前にパズルを解いている。おかげでもう一度古紙を束ねなおさねばなるまい。

「まあ、それなりには」

よく言う。
そんなに夢中になっているくせに。と声には出さずに呟いてムウは笑った。生乾きの髪から落ちる水滴が、雑誌に落ちて文字が滲んでいる。
顔を上げぬままにベッドサイドを探る手に、背中をまたいでマグカップを取ってやる。すまない、とやはり顔は上げないままにクルーゼが礼を述べてさすがに苦笑した。もともとあまり物にたいして執着はもたない、と思っていたのは思い込みだったようだ。そういやAAのときもそうだったっけ。なんて、
持っていた小さなカップに、クルーゼの飲むボトルの中身を注ぎ空ける。濃い琥珀色の液体がシェードランプの光を受けてとろりと光った。見た目にも甘そうなそれは、想像通り甘く、一口舐めてムウは眉を寄せる。アマレット、ふわりと鼻腔を掠めるアーモンドのような香りに四角く角ばったボトルを眺める。最近のクルーゼはこればかり呑んでいるようだ。甘い酒が好きだっただろうか。

「太るんじゃなかったのか」
「…よっく言うぜ」

自分が眉を寄せてグラスをテーブルに置いた気配を感じたのだろうか、からかうような声音で彼が笑う。パズルは半分ほどが埋められていた。

「8文字…甘くて、おいしいもの、」
「ん?」
「パズルの答えだ。漠然としすぎだな。全然分からない。甘くて美味しいものなんて沢山あるだろう」

雑誌をペンで叩きながらクルーゼが言う。
辞書も引かずにここまで埋めたならたいしたものだと思いながら、それを見れば、女性向けの文芸雑誌らしく随分と甘やかな言葉で埋められた升目に頬が緩んだ。止めるべき部分が踊るように払われる細いクセのある彼の字。いつだったか、奇麗な字を書くのだとほめたら、意外そうな顔をしていたことを思い出す。

「ははッ、そりゃ難題だな。…ここ、なんだっけ、ほら、お前が好きなヤツ。この間角のケーキ屋で買ったじゃん。なんだっけ、あれ、ほら…プリンみたいな形したドーナツみたいの」
「…クグロフ?」
「そうそうそれ」

四文字の隙間が埋まる。
繋がった文字の間にコアントロー、とリキュールの名前が浮かび上がった。

「まだやるのそれ」

一つ空欄が埋まったことで、一瞬パズルから離れていた彼の意識はまた本に戻ってしまったらしい。なるほどと呟いて雑誌に視線を向けるクルーゼに、不満げに鼻を鳴らすも、ああと呟いたきりで彼は顔も上げてはくれない。
口の中に残ったあまったるい酒の余韻はどうしてくれるのだ、と思った。

「なあ、ラウ」

静かに雑誌を引っかくペンの音だけが残る。
背中に顎を乗せてがくがくとしゃべれば、肩越しに振り向いた彼の、ランプに透ける目が光る。自分と同じ空色。少しだけ色の薄い空色。髪の色もお揃い、すこしだけ薄い色をしたそれが、なんだと言わんばかりに揺れていた。

「…だからね、最近ずっと忙しかったでしょ、俺もお前も。」
「そうだな、原稿詰めだったからな。お前はテスト期間だと言っていたか」
「そう。テストあったの。問題作って、採点して、赤点取った子たちの補習もしたの」
「ご苦労様」

そんだけかよ!
と思わずがっくりと背中に向かってうなだれるもクルーゼは涼しい顔だ。

「だから何だ」

手元のカップは空になったようだ。軽い音を立ててマグをサイドボードに戻し、ちらりと視線だけが振り返る。背中に半分のしかかるようにして恨めしげに見てやれば、口元にかすかな笑み。遊ばれているのだ、と気づく。まあ、本望ではある。

「何だは無いでしょ…」

時々、クルーゼと自分との間に隔たる温度差が、とてつもなく大きなものに思えて不安になるときがある。例えば、薄氷を暖炉の前で温めた手でうっかり掴んでしまうような。ともすれば一瞬で指の間から解けて無くなってしまうような。
無論彼がそこまで脆いものだとは思わないが。
ご褒美は?と無言でねだる目をかわして、クルーゼは笑う。それはもう楽しそうに。だから?とからかうその視線の先が告げている。

「もう1ヶ月近く触ってないの、お前に」
「…それで?」
「あーーーーーー、もう!だから、したいの、お前と、えっちが!」

えっち、
とその語感に目を丸くしたクルーゼが急に肩を震わせて笑い出す。こちらは顔を真っ赤に染めたまま、子供じゃあるまいしなんて自分でも恥ずかしくなりながら。

「えっち、えっちね」
「連呼すんなよ恥ずかしいだろ…」

思わずうつむいて息を吐けば、薄い背中がまだかすかに震えている。お前が言ったんだろうといわれても、その声の静けさにますます羞恥が募るばかりだ。さっきからその首に噛み付いてやろうって、そう思ってるのを我慢してるの、お前は知ってるの?
そう心の中で呟いてはみても、自分も彼も決してそうしないことは知っている。白い首、退役してから随分と薄くなってしまったような気がする背中。同じはずなのに、少しずつ彼と自分は何かが違っている。

「じゃあ、そうだな。お前が私をその気にさせてくれれば相手をしてやろう。」
「その気に…って、そりゃ、お前が…したくないって言うなら、俺だってね鬼じゃないでしょ。イヤだって言われたことしたこと無いでしょ」
「そうだったかな」

そりゃまあ男ですから?たまにはちょっとやんちゃしたこともあるかもしれませんが。ぼそぼそと口ごもれば、クルーゼはそのまま雑誌に視線を戻した。言わずもがな、パズルの続きを解くつもりらしい。それならば、お望みどおりやってやろうじゃないの。潰さないように腕を突いて背中に体を重ねれば、一瞬ペンを止めたように見える彼が、口元だけで小さく笑う。
甘いのはミルクの香りだろうか、それとも彼の使ったシャンプーの残り薫だろうか。惜しげもなくさらされた首へと鼻先を押し付ける。

「痕は残すなよ」
「…保障できかねますが。」
「見えるところには」

それならば、と首の骨を一つずつたどって、肩と首の丁度付け根に飛び出した一つに唇をつけた。シャワーの熱がすっかり冷めて、静かに冷えた肌だ。舌を出して骨の形を確かめるように舐める。軽く音を立てて唇で吸えば、うっすらと緋色の痕が残った。

「じゃあ見えないとこならいいんだな。」

無言を肯定と受けて、括れた襟首を引く。
一瞬首を引かれる形になって、わずかに不満の声を漏らしたクルーゼの、ガウンがはだけて肩から背中が大きくあらわになった。ところどころに点々と残る傷と、乾いた肌。

「俺お前の背中好き。」

随分とつめたい背中だ。
そう思いながらも掌を当ててゆっくりとたどるも、彼はおとなしくしていた。人の手に慣れない、野良猫の、冷たくてやわらかい毛並みをなでているときに似ている。

「そうか」
「…髪も好き、少し薄い、なんていうのかな、奇麗な金色なのな。俺とちょっと違う、目も、好き」

筋張った腰を通り過ぎて、まだガウンの帯が締めている中へ。紐が邪魔、と呟けば、好きにすればいいだろうとにべも無い。じゃあ、好きにしますけど。

「私は嫌いだよ。自分の目も、髪も、顔も。年々あの男に似てくる」

冗談めかすように呟く彼の、本当の気持ちは分からない。
憎んでいたのだろうか、父を。同じものを持って、一つだけ、普通に生きるということを奪っていったあの男を。ムウ、と静かに名前を呼ばれて顔を上げる。まだ彼はパズルに意識をもっていかれたままだ。

「砂糖菓子」
「は、」
「…砂糖菓子の名前、星の形をした。」
「星?キャンデイとか?」

ちがう、そういうのじゃない。
とんとん、とペンで雑誌を叩くかすかな音。考え込んでいるらしい彼の、わずかに傾けられた首に手を伸ばし、結い上げられたままの髪を解いた。まだ少し水を含んで重いそれが背中に落ちて、冷たさにか少しだけ、背中が跳ねたようだった。
髪が伸びたな、と肩甲骨に届いた毛先を見て思う。きっとまた、切ってくれと言うのだろう。

「…コンペイトウ?」
「それだ。金平糖」

私もお前の顔は好きだよと、甘い菓子の名を呟いた口で唐突に告げられて目を丸くする。顔は?と聞き返せば少し笑ったようだった。夜の彼は、よく笑う。
それが酒の力なのだとすれば、自分は到底彼に禁酒など告げられないだろう。

「…あと暖かい手が、声が、好きだよ」
「どうしたの」

どうしたの、とは?
聞き返されれば答える口など不要だろう。がぶり、とむき出しになった肩へと軽く歯を立てれば、とうとう彼は声を上げて笑い出す。
ああそうだよ、食べちゃいたいってことだよ、と。こちらは声には出さずに叫んで、かすかに歯のあとを残した肌から口を離す。
続きをどうぞ。随分と余裕を含んだ声で促され、濡れた肩に視線を戻した。彼は時々、こうやって自分をからかって遊ぶ。それはこちらも楽しいのだけれど、と思う。
楽しくは有るが、彼は本当に自分を許しているのだろうか、と。

「…そりゃ、どうも」

言われるままに体のしたへと手を回し、腰で緩く結ばれた帯を引き抜く。ご丁寧に彼は腰を浮かせてくれたようだった。うで、と耳元へ吹き込めば、素直に腕を上げる。するり、とガウンが背中から抜けて腰までが無防備にさらされる。面倒だったのだろう、半分シーツに埋まった腰から下は下着だけをつけているようだった。

「またお前…ちゃんとズボン履けって言ってるだろ、風邪引くぞ」
「人を脱がしておいてよく言う」

そりゃそうか。
ランプの柔らかな光に浮かぶ背中へと唇を落として、傷跡に重ねるように軽く吸えば、たちまちその場所へと緋が差した。彼の肌は、傷を消せない。微かな痕であっても、それはいつまでも彼の体にとどまっている。それに嫉妬をしているのだと、そう告げればクルーゼはどんな顔をするのだろう。
呆れるだろうか、それとも、笑うのだろうか。お前はしつこい、といつだったかキスを落とす先で笑われたのを思い出し、音を立ててまた一つ肌を吸う。

「…、甘いもの…甘いもの…、」
「なあラウ、ラウ」

まだ考え込む思考の隙間を縫って、鼻先を濡れた髪へと押し付けた。背中に、腰に、押し当てた熱には気づかないはずはないのに、あえて気づかない振りをしているのかもしれなかったが。悔しくて音を上げる。せめて顔を見せて欲しかった。

「なんだ」
「キスさせて」
「…どうぞ」

拒まない。
雑誌から顔を上げると、首を回して肩越しに振り返る。その、目が、
目もまともにみれずに、唇へと触れた。手を当てた頬は冷たいのに、唇は先ほどまで彼が飲んでいたホットミルク(入りアマレット)のせいだろうか、暖かい。
舌を出すまもなく、向こうから伸びた舌が触れて目を丸くする。軽く触れたのは、甘いアマレットの香りと微かなアルコールの気配だ。
酔っているのだろうか、あるいは、自分が。
すぐそこに、閉じた瞼がある。その瞼の奥に隠れた色が見たい、と思った瞬間彼が目を開いて眩暈がした。眩しい、空色だ。

「…フレンチキスは、」
「何が」
「甘いもの」
「まさかお前がそんな陳腐な台詞を吐くとはな、驚いた」

ダレだよその陳腐な台詞を言わせてるのは、と思いながらも再びパズルに戻ろうとする彼の首を引き止めて懇願する。

「…降参です」
「ふふ、」

柔らかな笑い声。そうだよ降参だよ、と背中に当てた額をずるずると押し下げれば、ペンをはさんだ雑誌はサイドボードに投げられた。
腕を張った胸の中で反転した彼の、少し上気した顔を間近に見下ろして言葉を飲み込む。静かな笑い声、ああ、それも好きだよ、と。そんなことも思ったりしながら。

「少しからかいすぎたかな」

全くだよ、と不満を漏らす声ごと食われる。アレだけ食べて、アレだけ飲んだのに、まだ食べるの。とそれに答えながら背中に腕を回せば、襟を掴んだ指がボタンを外していく。夜のクルーゼは随分と食欲が旺盛らしい。
そのままはだけた胸元へ口を寄せるのをとどめて、シャワー浴びてないよ、と呟けば「私は浴びた」とにべも無く切り返されてまた少し顔が熱い。
だからいいだろう?準備ならしてある、と。目が、そういっているようだった。

「ほんと、敵わないよ、お前には」
「ほめ言葉として取っておこうか、それは」

唯一身に着けていた下着を、指先で引っ掛けてずり下げる。足を自ら抜いて肌をさらけ出すにも抵抗のない彼に、少し戸惑いながらも体を抱きしめる。ひんやりとした、すこし体温の低い肌。ボディソープの微かな甘い匂いと、アルコールの気配。体を抱いたまま、もどかしく腕を伸ばしてベッドサイドの引き出しを抜けば、勢い余ってがちゃんとそれは床に散らばった。
くすくすと笑われる気配、ああそうですよ焦ってますよ、いい年こいて。逃げないと分かっていても、どうしていつも彼と閨を共にするときに自分でもこんなに焦りを抱えるのか分からない。はやく、はやく、早くしなければ、いつもそればかりだ。
いつだったか、そんなにがっつくなと笑われたあの声を思い出して床に落ちたローションを拾い上げた。

「…ムウ」

腰に回された腕が、ぴったりと体を寄せてくる。名前を呼ばれて顔を向ければ、呼んだだけだ、とクルーゼは笑う。

「俺もお前の声好き」
「ああ、」
「…俺の名前呼ぶ、お前の声、すき」
「ムウ、…ムウ」
「うん」

掌に出したローションは冷えている。
ひんやりとしたそれをしばらく手の中で暖めていると、気にしなくていいのにとクルーゼが言った。生娘じゃないんだ、お前の好きなようにすればいい。
だから、俺がこうしたいからこうしてるの。

「相変らず律儀だな」
「優しいって言ってよ?」

後ろ向いて、
腕の中から開放した彼にそういえば、心得た様子で背中を向ける。ぼんやりとした光の中で、目の前にさらされるからだが眩しい。温い液体を背中に落とし、指で滑らせて臀部を探る。こういうときに、声の一つも上げないクルーゼに、時々不安になることがある。
不感症なんだ、
冗談めかしてむかしそういった言葉が忘れられないのだといったら、そんなことを気にしていたのかと笑われたが。不感症などではない、
体を触られることを、行為を交わすことを、いつの間にか受け流すことに慣れてしまったのだと。あの言葉が忘れられるはずも無い。
ローションの滑りを借りて、指先で暴くからだの中は、ひんやりとした肌とは違ってきちんと人の暖かさを持っていることに安心する。しばらく触れても居なかったためだろうか、前よりも狭い、なんて。下世話なことを考えてしまう。
爪を切っておいてよかった。ぬるり、と指を増やして暖かな腸壁を探っても彼は声一つ上げない。ただ、シーツを握る指が少しだけ震えているように見えた。

「…ラウ?」

豪奢な金髪がシーツの山に埋もれている。
少しずつ体をほぐしながら声をかければ、その海に埋もれたまま声を上げずに、視線だけを投げてよこす。大丈夫だ、とその目が言っていた。お前は気にしなくて良い。

「独りよがりは趣味じゃないんだよね、俺」

苦笑して指を抜く。
つるりと簡単に抜け出るそれは、一瞬だけ吸い付くように引き戻された気がしてまた腰が重くなった。女性とは違う、脂肪の無い臀部に、腰を押し付けるようにのしかかれば体温が上がった。
ジーンズを脱ぐのももどかしくファスナをおろして、性器を擦り付ければ、すぐにでも飛んでしまいそうだ。ねだるように腰をゆする、ぬるぬると双丘の間を滑る感覚にクルーゼの肩が震えたようだった。
蕾には触れずに、背中をぴったりと寄せて耳を噛む。

「っ、」

小さく、声が上がった。

「何、良かった?」
「そう、じゃ…無い」

取り繕う声が上ずっている。
噛んだ耳が赤いのは、痛みのせいだろうか。腰に擦り付けながら片手で胸板をさすれば、指先に引っかかるのは。
ああ、そうか、

「…よかった、ちゃんと勃ってる」
「…………口でいうな、そういう、…」

そのままするすると下ろした掌が足の間へ。熱を持って主張する雄を探り当てて笑えば、歯切れの悪い声が彼の戸惑いを伝えている。ゆっくりと包んでしごけば、かすれた吐息とシーツをかき乱す指。
む、う、
吐かれた言葉に、びくりと腰が跳ねる。うそ、だろおい。

「…ムウ、なんだ、お前」

点々と背中に白いものをつけて、クルーゼが驚いたような声を上げる。自分でも思わず声を失ったまま1秒、2秒、3秒。たっぷり10秒ほど硬直してうなだれる。女性の体を知ったばかりの学生でも有るまいに、まさかこんな、

「自分でもしてなかったのか、まさか」
「いや…ちゃとしてました…抜いてたよ、もちろん…」

でもまさか、尻に擦り付けただけでイっちゃうとは思わないじゃん?!
1ヶ月越しに触れたからだの、なんと恐ろしいことか。名前を呼ばれただけでよもや達するとは思いもせず、に居ると、そんなにいいのかと笑う声が柔らかい。
はい、そんなにいいんです。と悔し紛れに首を噛む。犬みたいだな、とまたクルーゼが笑った。

「…ごめん、こっち向いて。今度はちゃんとする。」
「我慢できるのかな」
「お前が泣くまで我慢したら、ご褒美くれる?」
「それは楽しみだ」

また、腕の中で反転する体。
引き寄せて足を抱える。胸に付くまで折り返した膝が苦しそうで、視線だけで問えば答えの変わりに彼はこちらの指先に口をつけた。
腰のしたに枕を押し込んで背中を抱く。これで少しは楽になるだろう。

「ひさしぶりだから、痛いかも」

ローションで濡れた入り口へと自分の性器を押し付けながら呟く。探りながら少し内側へ押し込めば、眉を寄せる彼が痛々しくて、思わずかきあげた額に口付ける。平気だから、と微かな声。
ゆっくりと皮膜を引きずりながら入れ込んでいく。ぴったり食い込む熱と熱。腰を掴んで最後を突き入れれば、声を殺してクルーゼの体が跳ねた。

「ッ、は、」

じわじわと閉まる根元に眩暈がする。
セックスをするときの、ラウの声は少し低い。それは自分から壊れそうになる理性を必死に繋ぎとめている、彼の最後の抵抗のような気がした。
繋がったからだの、体温がなじむようにしばらく声を殺して抱き合った。嵐がすぎるのを待つ、獣のように。堰切ったのはどちらが先だったのか、体温が上がるのに任せてゆっくりと動き出す。

「い、たくない…大丈夫だ」
「俺はあんまり、大丈夫じゃない…かも」
「それは奇遇だな」
「へっ、」
「私も、あまり大丈夫そうではない」

低くかすれた声がそう告げる。
汗を薄く滲ませた彼が、急にはじかれたように唇へと吸い付き、舌を噛まれながら望むまま腰を揺さぶった。いい加減にしてくれと叫ぶベッドなどお構いなしだ。息も出来ない、苦しげに鼻を鳴らしたクルーゼが顔を引くと耳を声が侵す。

「あ、っく…、は、ァっ、ムウ…ッ」

なんて声で呼んでくれちゃうわけ。
苦笑しながら肌を打ち合わせて奥をえぐれば、しなやかに腰が反り上がった。ブリッジをするように彼の体がたわみ、悲鳴を殺すために彼は唇を噛むだろう。
すかさず開いた口に指を差し入れれば、遠慮なく噛まれて一瞬うめき声が上がる。驚いて口を開いたクルーゼに笑って見せると、追い込むように角度を上げて体内をすりあげてやった。

「ちょ、…ま、っひ…ッ…あ、あ、ぁ―――…ッ」
「し、かえしっ…さっきの…、っ…ぉ、っく」

右手の人差し指には、しっかりと歯型が刻まれて血が滲んでいる。
急に跳ね上がった声のトーンに満足げに笑って、痙攣しながら果てる彼の追い込みを堪える。気を抜けば一瞬で持っていかれそうだった。
指、とかすれた声でラウが呟くのを聞いてわずかに汗で張り付いた髪をかきあげてやる。

「どうってことない、これくらい。なんなら噛み千切ってみる?」

歯形の残った指で口へ触れれば、滲んだ血を吸い取るように舌が覗いて指を飲んだ。ちゅ、と音を立てて唇の中に緋色が消える。やや深く噛まれたのだろう、すぐにまた半月状の傷に血が滲むのを見て、ラウが眉をひそめたようだった。
いっそ消えない傷なら彼の思いをここにとどめることが出来るだろうかなんて、そんなことを考えているのを知っているのだろうか?
肩に残った銃創も、わざと消さないのだといったら。

「…バカをいうな。いっただろう、私はお前の手が好きだ。指が全部そろって居なくては困る」

じゃないとちゃんと手をつなげない。
そういって手を重ねる彼に眩暈がする。

「お前ってほんとさ…」
「なんだ、?…う、ぁ、なんだムウまた」

泣くまで我慢したらご褒美くれるって言ったよな?
ちょっと待て私は一言もそんな、と彼が言いかけたところで声を食うように口を寄せた。先ほど彼が自分にそうしたように。
こりゃあご褒美どころか明日は口も聞いてもらえないかもしれない。そう思いながらも、その指で容赦なくなで上げられ、すっかり目を覚ましてしまった熱だけはどうにもできそうにない。
指を噛んだせいで、口を閉じれなくなってしまったラウに、内心でごめんと呟いて(そう追い込んだのは故意であるのだ)、ずるずると引き抜いた腰を勢いよく打ち付ける。

「いっ…!ア!も、やめろ、バカ!指…っ」
「だって唇かむでしょ、お前。ダレも聞いてないからさ、俺しか聞いてないからもっと聞かせてよ、声。俺もスキだって言ったよね、お前の声」
「そ、…いう問題、では…ァ!」

ず、ぐちゅ、
耳をふさぎたくなる音に、いやいやと首を振った彼が手を上げて頭を抱えるよりも早く、片手で手首を纏め上げてシーツへと縫いとめる。信じられない、と目を見開く彼に笑ってごめんと告げた。声はもちろん、反省しているようには聞こえなかっただろう。

「この変態め!」

なんとでも。
恨みがましくにらまれる視線に余裕ありげに笑って見せると、続けた律動にすぐにそれは掻き消えた。何度も、何度でも。
今日はこのままラウが泣くまで止めてやるものか。俄に持ち上がった好奇心と、まだ付きそうにない欲と、
全てを振り切ったとき彼はどんな姿をするのだろう。悪戯心に意地の悪い笑みを浮かべると、ラウに太ももを抓られた。










結局のところ。
数えていたのは6回までで、クルーゼの意識があったのはそこまでだ。

「…フレンチ…」
「何?」
「フレンチトーストが食べたい…」

ぐったりとベッドから起き上がれずにうめく彼に、はいと素直に返事をしてキッチンに向かう。もはや怒る気力もないらしい。うつぶせのまま枕を抱いて、今朝からずっとこの調子だ。
さすがに調子に乗りすぎたのだと思い、謝っては見たもの、ほうけてしまったラウには何も聞こえなかったようだ。それにしても、
そう。
可愛かったのだ、彼は。
思い起こせばまた、にやついてしまいそうな口を押さえてキッチンに立つ。普通は硬くなったパンやフランスパンで作るのがもともとのフレンチトーストだが、クルーゼは厚く切った食パンで作る、とろけそうにやわらかいものが好きだ。暖めたナイフでパンを切りながら緩む顔を抑えられない。
意識が朦朧とするのか、したったらずになった呂律で自分を呼ぶ声や、理性を失った嬌声や、何度も蹂躙されて不安になったのか、必死にすがりついてくる腕とか。そりゃあもう、

「かわいかった…」

何かいったか、とかすれた低い声音ですごまれても、いいえなんでもと背中で答えてにやけてしまう。そんなことを告げれば、一ヶ月どころか二度とお触り禁止を言い渡されかねない。
泣くまで、どころか泣いて止めてくれと懇願するまでやってしまった、随分たまってたのね、俺。と一人ごちながら、卵液に浸した分厚いトーストをバターの溶けたフライパンに放り込む。たちまち香ばしい、甘い香りが広がった。
両面を焼き上げ、サイコロ状に切り分けたトーストにメイプルシロップをまわしかける。自分で食べる分にはシナモンだけを。皿に乗せてベッドへと運べば、枕に背中を預けたクルーゼが不機嫌そうに口をあける。
食わせろ、とのことらしい。逆らわぬが身のため、とそのままたっぷりシロップのしみこんだフレンチトーストを口へと運んでやる。きっと歯が溶けそうなほど甘いはずのそれを、彼は美味そうに食べた。

「なんか珍しいな、お前がちゃんと昼食べるのってさ」
「…あれだけ動けばそれは腹も減る」
「へぇ、いいことなんじゃないの。」

なんなら今日から毎日運動する?寝る前に。
冗談めかしてそう笑えば、割と容赦なく脳天にこぶしが落ちた。

「いってェ…!」

ゴン、と鈍く響いたそれは容赦などない。思わず取り落としそうになる皿を持って耐え、悲鳴を上げれば彼はいい気味だと鼻を鳴らした。トーストを食べ終え、膝の上に昨日の続きか雑誌が乗っている。
へえ、解けたのそれ。
全ての答えが埋まっているらしい升目を覗き込もうと首を伸ばせば、何故だか慌てて彼は雑誌を閉じようとする。一瞬目に付いたそれには、確かに

「…フレンチトースト」
「笑うな」
「いや、笑ってない。」
「笑っているだろう」

笑ってないって!
まるで幼い兄弟のじゃれあいのように、憤慨するクルーゼをベッドの上で抱きしめる。腰に響くのだろうか、一瞬うめいた彼に、ごめんと謝りながら。

「久しぶりに触ったらさ、我慢きかなくなっちゃって」
「あれはやりすぎだ」
「うん、ごめん。…やりすぎだった、だから、もうあんな我慢するまで触らないのはやめよう」

そうだな、我慢は、といいかけたクルーゼが口を閉ざす。いやちがう、そういうことじゃない。
妙に冷静になって取り繕うさまを見てまた笑う。冗談だよ、と触れるだけのキスを落とせば、歯が溶けそうに甘い、バターとシロップの味がした。

作成:2012年3月13日
最終更新:2014年4月15日
歯が溶ける。
甘くない話を書くと反動で、ときどきこう話が書きたくなります。やまなしいみなしおちなし!
ちゃんとエロを書いたのが久しぶりな上に、ムウラウのエロを書いたのが、初めてなような気がします。

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