東の時

寂しそうだな、とどうしてそんな考えが頭に浮かんだのかはわからない。
四角張った顔、口をひき結んでピンと伸びた背筋。上座に座った姿は試衛館時代と何ら変わりはないはずなのに。
目元に陰りがふえたせいか、と汗を拭って一息吐く。バラバラと訓練を終えた隊士たちが道場の敷居を一人、また一人と跨いで行く中、磨き上げられて光る床に点々と落ちる汗を何とは無しに眺めて居たら、永倉、と静かな声に名を呼ばれて我に返る。
隊長、片付けならわたしが、と一人律儀に敷居の外から声を掛ける周平に手を振って追い払い、掛けられた声に振り向けば、相変わらず穏やかな顔をした主の目が凪いでいた。
深い色に沈んだ瞳を見て、変わったな、と変わらねえな、二つの相反する思いが渦を巻き、結局どうとも口に出せないまま「なんだい」と、頭に巻きつけた手ぬぐいを外す。汗を吸って色の変わった手ぬぐいで首を拭き、今のは局長に対する態度じゃあ無かったな、と付け足した「局長、」の声が酷くよそよそしく宙に浮いた。
多少の居心地の悪さを汗と一緒に手ぬぐいに染み込ませ、立ち上がるまでもなく静かに道場を見渡す近藤の視線を追う。
周平はどうだ、とその声は言ったが、心ここに在らずといった顔をした近藤はどうも「らしくない」悩み事か?と逡巡した永倉はしかし、
「よくやってますよ」
と、つい先日近藤の養子となったまだ年若い青年の、甘さの残る横顔を思い出して呟いた。そうか、と返る声は明らかに言いたいことを言いはぐった声音だ。
相変わらず不器用だなぁ、とその思慮深い、と隊士たちには思われているであろう口数の少なさは甘えられない立場の彼の思いをそのまま重さに変えている。
こんな時沖田がいれば、と永倉は内心溜息を吐いた。軽口の一つも叩いて風通しを良くする術を、兄弟のように近藤を慕う彼なら自然と心得ているはずなのに。
最近調子が悪いと道場にも何かと理由をつけて足を運ぼうとしない彼を恨みつつ、しかし彷徨う視線の先を認めて、片付けようと持ち上げた木刀を軽く握った。
「近藤さん」
一本、と膝を揃えて頭を下げる。頭上で、一瞬近藤の息を飲む音が聞こえた気がした。
ああ、いいのか、いいのか。そんなはしゃいだ声が聞こえてきそうな気配に頭を上げながら、笑いそうになる頰を内側から噛みしめる。
「久々に、いいなぁ」
ふっと緩んだ顔は、随分昔に見たまま忘れ去って居た近藤勇の顔で。手加減はしねえでやりましょうや、と自身も浮き立つ心を抑えてずっしりと重い木刀を手渡す。
ここは京都、時代も流れ、あの時のような平穏は望むべくもなくとも。無邪気な顔をして木刀を振る近藤の背中を見て、ああ、やっぱ俺たちはこの人に惚れてんだ、と。
懐かしい江戸の空を思って永倉は晴れやかに笑った。

作成:2017年5月30日
最終更新:2017年5月30日
京都に上がってからの近藤さんの気苦労、面と向かって糾弾しながらもこの二人は仲がいいと良いな、という

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