〇〇しないと出られない部屋ver.飯トラ

じっと目を見つめて呼吸を一つ。何だか昔、そんな歌が無かっただろうか、なんて思いながらトランクスは「次、悟飯さんの番ですよ」と呟いた。悟飯は、しばらく逡巡した後に、珍しく口ごもり、やがて観念したように項垂れたまま口を開き、慎重に言葉を選ぶ。
「冷蔵庫にしまってあったモフゾフのプリンを食べたのはブルマさんではなく俺です……」
その一言に、トランクスは頭を両手で抱えると声も高らかに「やっぱり!」と叫んで崩れ落ちた。
そう、忘れようもない。あれはちゃんと人数分買ってきて、あとで食べようと思って大事に大事に冷蔵庫にしまっておいた、大事な大事なモロゾフのプリン! 夕飯を食べて、お風呂に入って。寝る前だけれどたまにはいいよね、と思って冷蔵庫を開けた瞬間の絶望感と言ったら!
「やっぱりあれ悟飯さんだったんですね、母さんかと思って問い詰めてすごい喧嘩になったんですよ!」
「すみませんでした……」
膝を突き合わせてしゅんと項垂れる悟飯は、確かに珍しい光景ではあったけれど。再度プリンを失った時の怒りを思い出したのか、トランクスはそんな悟飯に向かって一方的に向かってまくし立てる。
ただただ何もない空間の真ん中に、ぽつんと建てられた屋根の下、顔を寄せて座る様はなかなかにシュールだ。ひとしきり悟飯に向かって文句を呟いていたトランクスは、しかし急にぴたりと口をつぐむとおもむろに立ち上がって膝を伸ばす。
神妙な顔で悟飯に向かって足を踏み出し……そのまま彼の隣を過ぎ去ると大きな扉へと手をかける。厳しい顔をしたまま両手で扉に体重をかけたトランクスに、悟飯は期待を込めた表情で「どうだい?」と呟くいた。が、しばらく扉に向かって唸っていたトランクスは、一つため息を吐いくときっぱりと首を横に振った。
「駄目です。……と言う事で、まだ俺に隠れて食べたものがあるのかないのか白状してもらいます」
「ちょ、ちょっとまってくれよ、もう無いってば! 冷蔵庫の件はさすがにもう無いだろう。……トランクスこそ、何か俺に隠してることが在るんじゃないのか?」
「疑うんですか?」
「そういう……わけじゃないけど」
再び正座する悟飯の前に膝をそろえたトランクスは、一つ息を吐いて目を閉じる。思いつく限りの事は白状したはずだ。……それでもまだ思い当たることと言えば、一つだけ。けれどもそれは絶対に口には出せないようなもので。
「ともかく、どんな小さい事でもいいんです。ちょっとずつ思い出していきましょう。俺もできる限り思い出しますから」
「……俺の取っておいたハーゲンダッツを食べたとか?」
マカダミアナッツのやつ、とふてくされた顔で付け加える悟飯に返す言葉が無い。
「それは……ええと、すみませんでした」
がくりと項垂れたトランクスを後目に、今度は悟飯が立ち上がって扉へと向かう。しかし、彼もまた先ほどのトランクスと同じ顔をして戻ってきただけだった。
「あー、やっぱこれでもないかぁ……一体何だっていうんだ、こんな」
疲れ切った顔をした二人は、盛大なため息を一つ吐いて、広大な白い空間の中で脱力する。このままでは疲労困憊して倒れるのが先か、外から無理やりなんとかこじ開けてもらう方法を探す羽目になるかもしれない。
目を閉じて眉間にしわを寄せる。もはや、思い当たる事は一つしかなかった。



ここから出られない、と気づいたのは一通りの修行を終えて、軽く汗を流した後だった。
「……ん、あ、あれっ、おかしいな」
タオルを首に掛けたまま、ひとしきり入り口の扉を押していた悟飯から上がった声は、そろそろ眠る支度を整えていたトランクスの気を引いた。大きな両開きの扉に手をついて押したり引いたり、ひとしきり試した後、悟飯はもう一度「おかしいな」と口にする。
「どうかしましたか?」
「うーん、いや、別に大したことではないのだけれどね」
腕を組んで、ちょっと考えるそぶりを見せた悟飯は、一瞬、鋭く気を高ぶらせると全身から金色の炎を吹き出す。黄金色に染まった髪がチリチリと燃えるような音を響かせ、彼は残った右腕で、今度こそ全身の力を込めて扉へと取り付いた。
「ハッ……!」
気合と共に声を上げて扉を引くと、みっしりと筋肉の詰まった腕に血管が浮き出て、ギシギシと骨の軋む音さえ聞こえてくる。悟飯のフルパワーでかかれば、例え数トンの鉄の扉だろうが易々と捻じ曲げられることを知っているトランクスは、このただ事ではない形相にたじろいで「どうしたんですか」と先ほどの言葉を繰り返した。
鬼でも殺そうとするかのような険しい形相で扉に取り付いていた悟飯は、力を抜くのと同時に光が体から霧散する。風呂に入ったのとは少し違う汗を滲ませて、悟飯は困ったように額を拭って口を開いた。
「開かないんだ」
悟飯が指す先には、勿論大きな観音開きの扉がある。無論、自分たちが入ってきた扉だ。
「開かない? でも、俺たちまだそんなに長い間ここに居たわけじゃないですよね」
と、時間感覚のなくなったひたすらに広い空間を眺めてトランクスも怪訝そうな声を上げた。がらん、としただだっ広い白い空間は、太陽も月も無く、遠くの方に地平線が丸くぼやけている。精神と時の部屋。平和な世が訪れた世界で「なまっちゃうのも怖いし、久しぶりにみっちり修行しないか?」と、生き返ってからどうにも体を持て余しているらしい悟飯に頷いて訪れている。
以前はこの部屋に入っていられるのは、一生のうち地球での時間にして2日間だけだと聞いていたトランクスが、自分はもうあそこには入れない事を告げたが、どうにもルールが変わったらしい。
「何があるか分かりませんからね、ナメック星時代の古い資料を探してみたんです。そうしたら、時限を無効にする方法が見つかったので」
もはや何でもありなのだな、と思ったが話の腰を折るのも大人げなかったので、そうなんですかと納得して見せる。悟飯は悟飯で「これで二人で修行できるな!」と楽しそうにはしゃいでいた。ピクニックに行くんじゃないんですから、と無邪気な笑顔に何も言えずに、荷物をまとめている背中を見守っていたっけ。
「出れない、だなんて事」
大きな扉を相手に、苦戦している悟飯を見て、けれども彼はそういう冗談を言うような人でもないしなとも思う。ちょっと貸してください、と並んで扉に手をかけてみるが、軽く押した瞬間に岩盤でも相手にしているような重さを感じて手が止まった。足を踏ん張り、両手を使って体重をかけてみる。それでもびくともしない扉に、最終的にスーパーサイヤ人と化した二人で押したり引いたりを繰り返してみたものの、扉は1mmも動く気配を見せず、息を切らしたトランクスと悟飯が音を上げるのが先で。
「一体どうなってるんだ……」
閉じ込められた、の文字が脳裏に浮かぶ。外側から何等かの力が掛かっているのだろうか。と睨んでいれば穴が開くとでも言うような視線で扉に対峙してた二人の脳裏に、声が響いたのはその時だった。
『あの、トランクスさん、悟飯さん、大丈夫ですか……?』
藁にもすがるとはこの事を言うのか。
と言うほどの勢いで、同時に顔を上げた二人は声をそろえて「デンデ!」「デンデさん!」と悲鳴に近い声を上げる。天の声、とでも言えばいいのか、いずこから来るのかわからない声に向かって、馬鹿みたいに宙を見上げて。デンデは本当に申し訳なさそうな声で、あの、と切り出した。先生に叱られる生徒のようなその弱弱しさに、こちらの方が申し訳なくなってしまう様な声で。
『すみません、その……精神と時の部屋の扉が固着してしまったようなんです。中の様子もこちらからでは見えなくて……お二人とも大丈夫でしょうか』
「ああ、中は特に問題ないんだけど、固着してしまったってどういう事なの?」
それが、と言葉を濁したデンデが言いづらそうに口をつぐむ。神経の張りつめるような沈黙がおり、握りしめた手に無意識に力を入れた二人は、文字通り神の言葉に耳を傾けた。
『……中に入る方たちの心に扉が同調してしまっているようなんです』
「心に、同調?」
言葉の意味を理解できずに思わず顔を見合わせた師弟を察したのか、コホン、と幼い神はかわいらしく咳払いをする。
「それはつまり、俺たちがここから出たくない、と思っているってことですか?」
『いいえ、……お二人の心の中に、何かお互いに閉ざしているものがある、と言う事です。つまり……』
隠し事、と鈴を転がすような声を聴いて、今度こそトランクスと悟飯は絶句した。隠し事。隠し事だって?
そりゃあ、お互い人間だ。心から信頼しあっている間柄だとは言え、隠し事の一つや二つ、あるのが当たり前なのではないだろうか。
「……それって、何か相手に黙ってることが在れば、全部打ち明けないと扉が開かないってことなの?」
『恐らく……』
何と言う事だろうか。お互い言葉も無く見つめあっていると、デンデは『どんな小さなことでもいいと思うんです』と言った。
『どんな小さな事でも、何がきっかけになっているのかは、扉しかわからない訳なんですから』
と。そんなことを言われた所で、当人たちにとっては、あえて相手に言わずに胸の内に秘めている事を全てぶちまけなければならない、と言う事だ。そんな事をすれば、今後の関係に差支えが出ないとも限らない。……そんなことは、万に一つも無い……と思いたいが。
『ともかく、僕は何とか扉をこじ開ける方法を探してみます。トランクスさんと悟飯さんは、その間よく……その、話し合ってみてください。もしかしたら扉が開くかもしれませんから』
「ううん……。まあ、できるだけやってみるよ。ごめんよデンデ、後は頼む」
『はい。こちらこそ不完全な修復だったようで申し訳ないです。少しの間、辛抱していてくださいね』
と、そこで神の声はふつりと途切れた。デンデが神殿を後にしたのか、こちらへの問いかけをやめただけなのかはわからない。ただ、先ほど投げかけられた衝撃的な言葉だけが気まずく二人の間に浮いて、消えることなく蟠っていた。
「……どんな小さなことでも、って言ってましたよね」
「うん、そうだね。どんな小さなことでも」
「なら、お互いに今まで秘密にしていたことを一つずつ話して、扉が開くか試すっていうのはどうでしょう」
疲れたように、本当に脱力してしまったかのように呟いたトランクスの言葉は、とても良い提案のように思えた。そう思った悟飯も相当精神が参っていたのだろう。
さて寝るか、という準備までが整った状態で、寝間着代わりのシャツとスウェットを身に着けて。膝を突き合わせて。
まるで修学旅行に来た学生だ、とお互いを笑う気力も最早無い。お互い何も言わずに握った拳を目の前に上げ、息を吸って、
「じゃんけん!」
目にもとまらぬ速さで繰り出される、いつ終わるとも知れぬじゃんけんと。負けた方が口火を切らなければならないプレッシャーと。こうして場面は、物語のはじめに戻る事になる。



「もうだめだ……」
普段なら絶対に口にしないようなセリフが悟飯の口から零れ出る。諦めないで、と言うにはもう、トランクスも疲れ切っていた。
冷蔵庫の中の攻防から始まり、幼い頃に無くしたもの、些細な喧嘩の行方、おねしょの回数までを蒸し返すことになって、もはやくたくただった。こんなにたくさんの事を、この人と話したことが在っただろうかとトランクスは思う。悟飯は別に話しづらい方ではなかったが、おしゃべりなわけでもない。
話すことと言えば修行の事や世界の事ばかりで、悟飯自身についてをこんなに話して聞かせてくれたのは初めてなのではないかと思った。きっかけは、ろくなものでは無いにしろ。
「駄目です、開きません」
相も変わらず、うんともすんとも言わない扉にもたれかかるようにして座り込み、うつろな目でトランクスが呟く。普段は済んだ空と同じ色をたたえてキラキラと光の粒を抱いたようなその瞳は、今やどんより曇り空だ。今にも土砂降りの雨が降りそうな、不穏な雨雲の濁った灰色。
時間間隔の狂った空間では、あれからどれだけの時間が経ったのかすらわからない。デンデの声が聞こえなくなってから、随分と長い間押し問答を繰り返しているような気がする。重い扉はうんともすんとも言わないにしろ。
「……本当に隠し事、なんて理由なんだろうかね」
二人で扉にもたれて座り込む。散々押したり引いたり殴ったり魔閃光を撃ってみたり切ってみたりしたが、そこにはかすり傷一つついては居なかった。まるで拒むようにぴったりと閉じたままの大きな扉。それが、お互いの心の隔たりを示しているのだとしたら、随分と大げさなのではないだろうか。
「トランクス、本当は俺の事すごく嫌ってるんじゃないのか?」
どこかうつろな顔をして、悟飯が呟いた一言に息が止まる。何を言ってるんですか、と言うにはその声に温度が無く、横を向いて表情を確かめることも出来ない。悟飯は自分の呟いた事を分かっているのか居ないのか、例えばだけど、と間の抜けた言葉を付け足す。
その言葉が、余計に直前の言葉の取り返しのつかなさを際立たせている事に、愕然としながら。
「そんな事……、悟飯さんこそ、いう事も聞かない、可愛げもない弟子なんか愛想が尽きてるんじゃないんですか」
お互い開かない扉に苛立っていたせいだろうか、売り言葉に買い言葉で、酷くささくれたセリフが口から零れた。むっとした顔で視線も合わせずに吐き捨てた言葉に、あたりの温度が2、3度下がったような気さえする。殺気とは違う冷たい気配に、無意識に身構えながらため息を吐く。
「あのな、トランクス。俺はそんな事思ったことなんて」
「一度も無いって言いますか?昔足手まといになると……あの時は自分でもわからずに貴方について行って邪魔をしたことも、そのせいで」
ふと落ちた視線が、そこにあるべき無いものを探して悟飯の体を滑っていく。いい加減にしないと怒るぞ、と彼は珍しく苛立った口調で言った。ひんやりとしたガラスの表面を撫でるような声は、静かではあったが悟飯が本気で怒っていることを示している。
「怒ればいいじゃないですか。……そうやって我慢してないで。ニコニコしてないで」
「トランクス、君こそ……」
「あなたの事を厭うていると?」
口に出しづらそうに言葉を濁した悟飯の言葉尻を拾って笑えば、今度こそ悟飯は絶句した。扉に触れているだけで、苛立ちと焦りで思ってもみなかった言葉が遮ることも出来ずにどんどんあふれてくる。嫌、違う。思ってもみなかったわけではない。軽率に口を突く言葉こそ、より本心に近いものと言えよう。
考えるというフィルターを通す前に、純度の高い感情がそのまま滴り落ちたような。
「そんなわけあるわけないだろう!」
だん、と空を切った腕が顔のすぐ横の扉に叩きつけられる。背後の扉に押し付けられるように迫られる形になって、その時初めて悟飯の目を見上げたトランクスは、その奥に燃える炎のような光に息をのんだ。怒りか、それとも真摯さからくるものか。苦し気に寄せられた眉の下で歪んでいる。
「……ご、は」
「出来の悪い師匠に嫌気がさしたか?そうだな、もう君の方が随分強いだろうし、こんなところまで付き合うことは無かったんだ。そうすれば、こんな、事には」
炎は、激しく燃え盛っていたかと思えば、言葉と共に冷たく冷え切っていく。呆れてるんだろう、と自嘲する悟飯の顔に、トランクスも思わず胸元を握りしめていた。
「言葉を返すようですが」
……嫌いなわけないじゃないですか。こんなにも好きなのに。
と、その声はか細く。今にも泣きだしそうな囁きは、悟飯の耳に届いたのかどうか。
「あの時は、どうして連れていってくれなかったんですか」
その言葉が、単純に戦いへの参加を拒まれたことを指しているのではない、というのは凪いだ水面に一滴の石を投じられて揺れるトランクスの瞳を覗き込んだ瞬間に、理解した。どうして、ともに死ぬ事を許してくれなかったのか、と。彼は、そう、
そんなことは分かっていた。こんな茶番じみた挑発をする前から、けれども、とトランクスは顔を上げて苦し気に寄せられた眉間に触れる。君が人類の希望から、と呟くであろう唇はしかし、一瞬凍えたように震えて、細く長く吐息を漏らした。
「一緒につれていってしまおうかと、考えなかったと思うのか?」
と。
「え?」
その言葉は空耳だったのか、否か。彼は今なんと言ったのだろう。
「そんなの、君が、……君を―――、」
ごはんさん、と口を開きかけた瞬間。
背後から外開きに開いた扉にもたれかかっていた二人は、盛大に外へと放り出されていた。



「何をしているんだお前たちは」
ものの見事に背後に向かって90度倒れたトランクスと、扉に手をついていたせいで、全体重をまともにトランクスに向かってかけてしまった悟飯と。潰れたカエルのような声を上げて部屋から転がり出てきた二人を見て、扉の外に構えていた人物は呆れたような顔をした。
「ぴ…っころ…さん?」
ゴッ、と鈍い音を立てた頭を押さえてトランクスが悶絶し、顔面から彼の胸(それはもうカチカチに鍛え上げられた鋼鉄の胸板だ)に顔を打ち付けた悟飯も、両手で鼻を押さえながら声を上げる。声がくぐもっているのは、鼻をぶつけた衝撃で盛大に鼻血を出したからだ。
デンデはピッコロの後ろに立ったまま、何とも言えない顔をして「ええと」と「あの」を繰り返した後に「ご無事でよかった」と何とか一言をひねり出したようだった。その表情が、やけにひきつって見えるのは気のせいだろうか。
「あ、れ……で、出れたのか?デンデ、君が出してくれたの?」
「えっ? いえ、ぼ、僕は何も…。今ちょうどピッコロさんに何とかして開けてもらえないか相談をしていた所なんです。外部から一点に集中して衝撃を与えれば壁を破れるのではないかと……。でも、扉開いたんですね、よかった」
ちゃんと扉のオーダーをこなしたんですね、と続けるデンデに、ピッコロは腕を組んだまま頷いている。また神殿を破壊して修復する手間が省けたのが単純にうれしいのだろう。
放り出された当の二人と言えば、間の抜けた顔で口を半開きにしたまましばらく見つめあい、言葉を失っている。トランクスは何かを考えるように、ぱちぱちと瞬きを繰り返し、は、と息をのんだかと思うと瞬間湯沸かし器のように指先から耳の先までを一気に朱に染めた。
「えっ、……えっ?」
両頬を抑えたかと思うと、わーっ、とかうわー! とか…。形容するのならばそのような言葉にならない声を上げ、走って神殿の端の方に行ってしまう。悟飯はと言えば、そんなトランクスの奇行に複雑な顔をしたまま立ち尽くすだけで。ピッコロも首を傾げ、デンデに説明を求めるように視線を向けている。
「あっ、僕お昼の支度でもしますから、良かったら悟飯さんもトランクスさんも召し上がっていきませんか。しばらく精神と時の部屋は使えないでしょうし……」
「まあ、そうか……うん、じゃあお言葉に甘えようかな。俺も手伝うよ」
「そうですね。お赤飯炊きましょう」
料理を口にすることは出来ないが、作るのが好きだというデンデはしょっちゅう神殿であれこれと料理を作ってふるまってくれる。彼の申し出に素直に頷いた悟飯は、まだ遠くで一人動揺を隠しきれない様子のトランクスに手を振った。トランクスはなぜか、今度は泣きそうな顔をしているように見える。
「俺もね、ちょっとショックだったっていうか」
デンデに続いて神殿に入った悟飯は、並んで支度をしながらぽつりと口を開いた。その言葉が、先ほどの扉の試練を指しているのか、トランクスの態度を示しているのか分からずにデンデが顔を向けると「独り言なんだけどね」と彼は眉を下げて人好きのする笑みを浮かべる。
「ちゃんとわかってくれてると、思ってたんだけどなぁ」
「思いって、結構身勝手で、口に出さないと分からないことも多いですから」
トランクスさんて真面目な方でしょう? とざるにもち米を開けながら呟く、神様の友達に並んで野菜を切りながら呟くデンデに、悟飯はしばらく考えた後で「うーん、そうかなぁ、そういうものか」と納得したんだかしていないんだか曖昧な言葉を濁す。
「でもね、言わないつもりだったんだ。言っちゃいけない気がしてさ。なんだか、口にしたら、多分、取り返しが付かなくなっちゃうから」
言葉を口にした瞬間のトランクスの顔を思い出す。
あの綺麗な空色の目を、まんまるに見開いて、何も言えずに息を詰まらせていた弟子。白い頬がみるみる桜色に染め上がって、その顔を、心底可愛いと思った。……とても愛おしいと。
「やっぱり聞いてたんだね、デンデ」
「……はい、すみません。中の様子を調べるには、必然的に中の会話も聞こえてしまうというわけでして」
「はは、まあそうだよね。……でも、俺もね、トランクスの気持ちはずっと知ってたからさ」
「でも悟飯さん、どうせ『一時の気の迷いだ』とか、『師弟愛と勘違いしてるだけだ』とでも思ってたんでしょう」
とん、と包丁を止めて綺麗に整えられた色とりどりの野菜を見下ろす。手際よくそれらを大きな鍋へ入れていくデンデの言葉はよどみなく。参ったなと頭を掻くと悟飯は観念して頷くしかない。
「まさか、こんなに長い間、胸に秘めてたとはなぁ」
「それは悟飯さんも人の事言えないじゃないですか」
「おっしゃる通りで」
炊飯器にあまり良い思い出が無いというピッコロの意見で、ここには大きな土鍋がある。先ほどまでくつくつと音を立てていた鍋は静かになり、重い蓋を開ければ、ほわっ、と柔らかな湯気の中に綺麗な桜色をした赤飯が炊き上がっていた。
「おあいこって所かな」
大きな御飯茶碗に赤飯を山のように盛り付けながらテーブルへと並べる。これを見てトランクスが卒倒しなければいいけど、と思い、それから少し笑う。どうであれ、口に出してしまったものは仕方がないし、取り返しが付かなくなってしまったものは先に進まなければいけない。
「じゃあ僕、二人を呼んできますね」
気を使ったのか、出ていくデンデの姿が見えなくなった途端、今更のようにじわじわと赤くなる頬を抑えられずに悟飯は口を手で覆った。にやけているのが自分でも気持ちが悪いほどで。
でも、あんな顔するなんて思っていなかったんだもんなぁと、また先ほどのトランクスの顔を思い出しては一人頬の内側を噛む。彼はどんな顔をするだろうか。ほとんどデンデの嫌がらせのように山と盛られた赤飯を見て、その反応を考えては笑いをかみ殺している。
「何だ、めでたい事でもあったのか?」
デンデに呼ばれてやってきたピッコロが、一人事情も分からず口にした言葉に、果たしてトランクスがどんな顔をしていたのか。
「ええ、とびきりの祝い事が」
それがとどめになったのか、今度こそトランクスはまた、あの、意外と大きく丸くなる目をいっぱいに見開いて「悟飯さん!」と。……怒っているのか、何なのか。
「その話は、あとでゆっくりしよう。な? トランクス」
今度こそ何も言えなくなって、うつむいた彼は、それでも大盛りに盛られた赤飯を、素直に口へと運んでいた。その横顔を見て悟飯は、あの時自分が彼を道連れにしなくて心底良かったと、自分を褒め、箸を口へと含む。
赤飯は、ふわりとほのかに甘い、優しい味がした。


……その後、精神と時の部屋にはしばらく「故障中」の張り紙が張られていたとか。いないとか。

作成:2016年12月30日
最終更新:2016年12月29日
C91で頒布したペーパーのおまけSSです。

お互いに「好き」を隠しているけど、
悟飯にはばれていないだろう、と思っていたのにバレバレのトランクスと、
トランクスにはばれているんだろうな、と思っていたのに全然ばれていなくて不意打ちになってしまう悟飯さんと。
両片思いのくせにどこかツメの甘い未来師弟。
「告白」しないと出られない部屋、でした。

おそまつ!

back

PAGE TOP