カメリア

「そうか君がアナベル・ガトーだね」

目の前の左官は、綺麗だが…綺麗なのだがどちらかといえばガトーの苦手とする部類に入るような正確だった。曰く裏がある、曰く鼻持ちならない、曰く…

「そうですが」

この男の噂は聞いた事が無いわけではなかった。
赤い彗星。あのルウム戦役にはガトーも参加していたのだから。実際に戦場で会うといっても、顔を合わせてやぁ、とでも挨拶をする訳ではない。戦火に揉まれながら互いにその機体を確認したくらいである。
それがたまたま今日お目にかかることになるとは、正直思ってもみなかった。ので、どう挨拶をしていいものやら、とりあえず返したセリフは自分でも気の利かない、と思わず舌打ちをしたくなるようなものだった。

「なんというか想像通りの人だね、君は!」

しかしガトーの態度を毛ほども気にしては居ないのか、目の前の男曰く赤い彗星…シャア・アズナブルは明るい声で笑うと細い腕でガトーの肩をばしばしと遠慮なく叩いてくれた。長い指。思わず動きをいちいち視線で追ってしまってからはっとする。
シャアは、猫のような顔で笑っていた。

「あの、少佐」
「なんだね、ガトー中尉」

いちいち妖艶ともいえる仕草である。無意識にガトーは目を逸らしていたので、訝しげに目の前の軍人とは到底思えない軍人は首を傾げてガトーを覗き込んでくる。
ふわりと微かに鼻腔を掠めたのは、甘くも無く、いやらしくもない…微かな薫り。フレグランスではない、もしかしたらシャア自身の放つ香りなのかと馬鹿馬鹿しいことを考えもしたのだが、とりあえず今は目の前に顔を突きつけてくるこの男に困惑していた。

「その、私に何か用でも…?」

なるべく慎重に言葉を選んで問いかけるのは、上官であるシャアに対しての精一杯の気遣いでもあり、ガトーの自己防衛でもある。苦手な人間には極力かかわりなど持ちたくは無い。

「用?言われれば有るような気もするが、無いような気もするね。とりあえず、せっかくだ。向こうで一杯付き合ってくれないかい。どうも…人込みはあまり好きじゃないんだ」
「構いませんが。」

こんなにも華やかな男が、人込みが辛いといってこちらは壁の花を決め込んでいたガトーに近寄ってきたのも珍しいが、そこで初めてガトーは自分がパーティに来ていたのだということを思い出し・・・思わず絶句した。なんだって今までそんなこと忘れていたのだろうか。
目の前の男は片手に用意したのだろう、ボトルをぶら下げたままこちらを見て笑っている。まるで間の抜けた自分の考えを読まれてしまったようでなんとも気まずく・・・(実際そんなことは無いのだろうが)ガトーはその騒がしく人で溢れかえった部屋を後にすることにした。

「意外だと、思います。」

騒がしい部屋を一歩出ただけで、随分違うものだと、あの部屋の中のねっとりとした空気から乾いた涼しい空気になった体の周りを心地よく思いながらガトーが呟いたのはそんな一言だった。

「うん、何が?」

隣を歩く男は、本当に軍人なんだろうかと疑いたくなるほど色素が薄く、首も細い。皆が皆、自分のように絵に描いたように無骨な軍人といかないことぐらいは百も承知なのだが、それにしたってこのシャアという男は、なんだって。

なんだってこんな形をしているんだろう。

「いえ、何でもありません少佐」

首を傾げたシャアから目を逸らすと、案内された部屋に大人しく入り、ガトーはなんだか微かに居心地の悪さを感じていた。目の前を行き来して客室の棚から勝手にグラスを拝借しているこの男は、本当に何がしたいのだろうか。随分うきうきと子供じみた仕草で持参したボトルの中身を注いでいる。
その横顔が随分嬉しそうにも見えたので、なんとなくガトーは自分が言うべきことを忘れて、言葉を見失った時の微かな喪失感と脱力感を感じながら、やっぱり大人しく差し出されたグラスを受け取った。中ではワインより少し鮮やかな赤い色をした液体が陽気に揺れている。少し甘酸っぱい独特の香りに、クランベリーかな、と詳しくも無いカクテルの名前を思い浮かべて小さくグラスを掲げた。

「少佐の活躍に」

ありきたりなセリフを呟いてグラスを掲げたガトーとは対照的に、少し考えてからシャアは、

「中尉の芸術的仏頂面に!」

そういって盛大に吹き出したので、怒るタイミングすら失ってぽかんとしてから…仕方なくその甘い液体を口に運ぶ事にした。思ったよりも甘くなく、思ったより強い。
酒は・・・口へ含んだ時よりも、喉を焼いた後の芳香にこそ価値が有るとガトーは信じていたので、するりと飲み込んだ後の思いも寄らない熱さに少し驚く。そしてまた、そんな強い酒を平然と涼しい顔で煽っているシャアという男にも。

「強いんですか」

一杯をあけたところで既に少し熱くなる額を押さえて、掠れた息を吐くと、

「酔ってるよ。君にはそう見えないだけかもしれないけど」

シャアはそういって陽気に笑った。酒に浸った目の縁が、誘うような赤に色づいていてガトーは三度目を逸らす。その顎を、細い男の指が捉えた。
ひたりと吸い付くように触れた指は、酒が入ったにも関わらず冷たいものだったので、ぎょっとしてシャアを見返すと先ほどの子供じみた顔とは一変して、年相応の表情を浮かべてなんだか真剣にガトーを観察しているように見える。

「楽しいですか」
「それなりにね。君は綺麗な顔をしているからなぁ」

自分の容姿を棚に上げてそんなことを呟くシャアは、男にも、女にも見えなかった。
やがてガトー観察にも飽きたのか細い指を顎から離すと、にっこり笑ってシャアは言った。

「私を抱いてみないか?」

一杯付き合わないか、
それがまるで、そんな軽いのりで囁かれたセリフだったので、一瞬どころか随分と長い間ガトーはその言葉の意味するところを取りかねていたのかもしれない。それとも始めから自分はこのシャアという不思議な生き物の術中に嵌っていたのか、酒に酔ったのはシャアではなく自分の方だったのかも知れない。
気がつくと、膝には想像していたよりずっと軽いシャアの、殆ど全裸に近い体がちょこんと鎮座して朱にそまった目の縁でガトーの顔を見下ろしていた。
金の繊細な睫に縁取られた蒼い瞳。思わず綺麗だなと思い、手に触れた滑らかな足の感触に今更ながら、楽しそうに膝の上で笑っている男を恨めしく思う。完璧に酔わされてしまったのはガトーの方で、もしかしたらはじめからこうなることを予想していたのかも知れないとも・・・思う。

「楽しいですか」

けれどもなんだか訳も無く悔しさが先に立って、もう一度不機嫌を装ってそう呟いたのだが、

「楽しいとも。君は綺麗な顔をしているだけじゃなくて、意外に可愛いという事も分かった!」

なんとも上機嫌な声で高らかにうたうと、柔らかい唇であちこちに触れてきた、ので。ガトーもしかえしとばかりにその綺麗な細い体をめちゃくちゃにしてやろう、とそれほど上等ともいえない狭いソファに二人して転がると互いにその体を貪ることにした。指の先まで甘く強い酒の匂いが染み付いて、触れれば触れただけくらくらと頭が揺れる。
途中で何度もシャアの吐息が鳴き声に変わり、制服をきちりと着込んだままのガトーは熱くて茹りそうになりながらもわざとその熱を享受するように、そのままシャアの細い体を貪った。

「っふ、ふふふふっ」

喉を震わせて笑うさまはまるで娼婦だ。
目の前で自分に貫かれながらも、形のいい唇を歪めて可笑しそうに笑ったシャアは、ガトーに概ねそんな印象を与えた。べったりと互いの吐いた精に濡れ、浅ましく腰を揺らしながら、それでもその清廉な横顔は汚れては居ない。真っ白な頬に差した朱がまるで椿の花のように見えて・・・ひどく欲情した。
これでは、嗚呼。

「本当に、可愛いね、君は」

それでも快楽には多少揺らぎはするのか、揺れる体に言葉を途切れさせながらもガトーの頬に触れて男は笑った。きっと自分は今酷い顔をしているのだろう。この年にもなって、酒を飲もうと誘われた瞬間からあっけなくシャアの敷いた罠に落ちていたというのに。
それが少し悔しくて、年下の上官の体を乱暴に揺さぶると甘く長い悲鳴を上げて三度四度彼は果てた。気だるそうにガトーの髪を掴んで弄ぶその仕草はまるで、

「椿姫」

その言葉が聞こえてか聞こえずか、背中越しに小さくシャアが笑う声が聞こえてきたので、裸の細い腰を抱いたまま、完敗です少佐、と呟くと、

「当たり前じゃないか。君が私に勝てるはずなど無い!」

やっぱり陽気に笑っていったシャアは、随分と幼い印象をガトーに与えたので彼は戸惑って・・・それから少し後悔した。
カメリア色をした目元を妖艶に歪ませて微笑むこの上官は、それでもやっぱりガトーよりは幾分若くて、
酔っていても酔わずとも、側に居るだけで酔わされてしまうほどには美人なのだ。

ずっと気になっていた甘い匂いは、やはりシャアのもんだということに少し納得して、やっとガトーは少しだけ笑った。

作成:2005年5月02日
最終更新:2016年12月11日
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