つきのそら

本当は泣きたくなるくらい、で
目の前でゆれる色彩が綺麗だとか、遠くの空でちらつく星がまぶしいとか、
月が、とても、綺麗だとか。
オパールの光沢を思わせる虹色の揺らめきと、とんでもない衝撃に悲鳴を上げる体と、
そして何より、
ぎりぎりの勢いでぶつかる馴染んだ気が、痛くて、痛くて、苦しくて、

結局、
最後まで痛いのだと口には出せなかった。



なんだったのだろう、あれは。
と、もはやまともな思考もうまくまとまらないままぼんやりと視線を上げる。
体は勝手に、もはや自分のものではないようで、いっそ面白いほど好き勝手暴れていろいろな感覚を脳髄に流し込んでいた。
まだ少し、後頭部にかかった衝撃がずきずきと鈍い痛みを訴えていて、また一度かすれた声がこぼれる。
(よく、見えない)
視界が歪むのだ。
背中でこすれてつぶれた草が、つんとした匂いを鼻先に届けてかすかに眉をしかめる、目の前の獣はそんなこともお構いなしなのか、また一度、獣の咆哮を上げると力の抜けた体に深く爪が食い込み、牙が首筋を切り裂く。
(ひどい、有様…だな)
組み手をしていた、はずだ。
俺なんかじゃお前の練習相手になんかならないだろ、と苦笑をすると、すこしさびしそうな顔を一瞬見せた後、そんなことはないという。
そんなことないから、少し付き合ってくれよ、とそういって笑う顔は、いつものやんちゃな弟のもので。手加減してくれよ、なんて軽く笑ってこぶしを付き合わせた。
いつの間に、こんなに大きくなってしまったのだろう。
「何もかわってねーぞ」
ぽつりとそうこぼすと、不思議そうな顔をして彼はそういった。
「オラもおめぇも、なにも変わってねぇ」
そうだろうか。
もう、かろうじて見えている背中さえ、見失ってしまいそうだ。と心臓がぎゅっとすくみ上がる。見えなくなってしまったら、きっと自分はもう本当にここには居られない気がして。
けれど、その言葉はこぼすことなく、またおまえはー、といつもの軽い言葉。
変なやつだなー、急にどうしたんだよ、不思議そうな顔をしたままの彼は無邪気な疑問をぶつけてくる。
それが、とても、
(痛いんだ、お前の言葉。)
無邪気に投げかけられるその一言一言が。
「…、っ」
目を上げる。
視線が絡む、いま、その翡翠は自分を捕らえているのだろうか、と鈍く痛む思考の奥で問いかけながら。
拳をつき合わせて数度、その強靭な体の奥からにじむ空気に吸い込まれそうになりながら、必死に自分の体を操った。自慢の鋭い牙の拳も、体中をしならせて打ち込んだ一撃も、すべてそのすらりと伸びやかな体に阻まれる。
声が、あがる。
名前を、叫ぶ。
まるで少しでも這い上がろうとするように、遠く高い山のてっぺんに、必死に指を伸ばすように、月を、つかもうとするように。
まだ日の高いうちから始まった、その撃ち合いは、やがてどちらが音を上げるまで続き、足元の草を乱し、周囲の空気をかき混ぜて太陽の軌跡を追った。
「手加減、しろって…!言ったじゃないか…!」
先に体力の限界を訴えたのはヤムチャの方で、それでもまだ降参する気はないのか、向きになって重い体を引きずり、なんどもなんども拳を突き、足を踏み出す。
「いやだ、そんなん、オラはいやだ」
息も絶え絶えに(うまく動かない自分の体がひどく憎い)、幾度目になる鋭い突きを打ち込んだとき、ふわり、とあたりの空気が揺れた。
視界の端でかすかにきらめく光。
「…なん、」
思わずそれ以上攻め入ることも忘れて光の差すほうを振り返ると、薄く延ばした綿菓子のような。ふんわりとやわらかい雲の隙間に、青白い月が心細げに泣いていた。
ないているように、見えた。
かすかな光を投げかけるそれを、視界の端に捕らえたとき、目の前の青年も動きを止めてそれに見入っていた。太くたくましい喉が目の前にさらされ、言われもない感覚に小さく息を呑む。今その喉に、獣のように噛み付いたらどうなるだろうか。そんなことを一瞬考え、そして消える。
つき、とその唇が動いたように見えた。
「悟空?」
立ち止まってその月を眺めていたのは幾秒だったのか、何分だったのか、あるいはもっと長い間、…あるいはもっと、一瞬のことだったのかもしれないが。まるい、まるい、空に開いた穴のようなそれを見つめていたとき、変化が訪れる。
ぴりぴりと肌を刺すほどに緊張した空気と、かすかなうめき声。月を見上げたままかたまった悟空の気が、不意に膨れ上がって体ごと飲み込まれた。
「…っうっ、わ…!」
足元から雁字搦めにされるような、ひどい束縛間と、圧倒的な力の前にさらされる恐怖、思わずすくみあがって動けなくなった自分のことなど見失ったように、一度。
高く高く啼いた悟空の体が輝く。自分を包む気が、暖かなものから凍えるように冷たい、焼かれるように熱いものへと変わる瞬間。何が起こったのかわからず、また、どうしていいかも考えられず、思わずひざを付きかける。その前で、
きんいろの、獣。
「悟、空、」
揺らめく気のその中に佇む体は、紛れもなく悟空のもので、けれど発せられる気が痛い。鮮やかな金の髪をした、その翡翠の目の獣。
ああ、もう背中も見えない。
声も、届かない。
(こんなのって、)

…こんなのって、無い。

「…や、む……っ」

ぼんやりと見とれたまま突っ立っていると、そのいつもは少年じみた唇が、ひどく苦しそうに、緩慢な動きで、そうつぶやくのが聞こえた、気がした。
目が、助けるような視線を投げかけていた気がして、どうした、と手を差し伸べようとした時。
ひどく鈍い痛みを後頭部に感じて、ヤムチャの意識は闇に沈んだ。
こんなときだって、俺はお前のこと、何ひとつ救えなくなっちまったのかと、場違いにそんなことを考えながら。



「ヤムチャ!」
ばらばらと、頭上から小さなつぶてが降り注ぐ。馬鹿に明るい声。
ひょっこりと、すぐ目の先に有る木の太い枝からぶら下がって子供じみた笑顔を見せているのはいつもの見慣れた顔で、なんだよ、とわざと眠い声と不機嫌な声を出して見せるも、さして気にした様子も見せず、すとんと枝から飛び降りてくる。
首を振ると、頭の上に残っていた小さなものが、ぱらぱらと地面に転がった。先の細い、鳶色の光沢をしたそれがころころとひざの上を転がっていく。
「どんぐり?」
かわいらしいそれをひとつ摘み上げてつぶやくと、おう、となんだか嬉しそうな声で青年が笑った。
「しいのみ、っちゅーんだ、ちっちぇーけどよ、うまいんだぜ、それ」
昔じっちゃんが教えてくれたんだ、と広げた大きな手のひらの中には、こぼれんばかりにこんもりと、小さな木の実が詰め込まれて光っている。
こんなに小さな木の実じゃぜんぜん満足なんてできないくせに、と思いながら悟空を見上げると、毒気を抜かれるほどには無邪気な横顔が見えて、思わずサンキュ、とつぶやいていた。まったく、敵わない。
「あとで食べようなー」
ちちち、と小さな声を上げて近づいてくる栗鼠に惜しげもなく木の実を振舞いながら言う。こういうところは昔からちっとも変わらない。まるで手のかかる弟ができたような、そんなくすぐったい、むずがゆい思い。ばさりと手足を広げて地面に倒れこむと、背中に巻き上げられた草がひらひらと目の前を舞った。
青い空、高い雲、いつでも、昇天できそうな、そんな色をしている。
今、手を伸ばせば隣に座った悟空の背中に触れるだろうか。

(馬鹿馬鹿しい。)

「…?」
引っ込めた手に気がついたわけなど無いのに、ふっと漆黒の瞳が自分を捕らえる。
「ど、かしたか?」
探るような視線、心配そうなそれがいたたまれなくて思わず目を逸らした。
なんでもないと、わざと不機嫌な声を上げてごろりと声に背中を向ける。一面萌えるさみどりの色彩の中を、小さな栗鼠が二羽、連れ立ってかけていくのをぼんやりと眺めながら。背中越しに包み込むような、おおらかな気の流れが、妙な罪悪感を感じさせるのは何故だろう。居心地がいいのに、今すぐここから逃げ出してしまいたくなるような、そんな、ひどく焦燥感に駆られる想いと思考。
まぶしい、太陽がひどくまぶしくてあかるくて、目を閉じることもできない。
「きもちいな」
とす。
と、背中越しにかすかな風を感じて振り向くと、まるきり成長しすぎた子供みたいな風体で悟空が地面に寝転がっていた。あったかくてきもちいのだという。無造作に放られた椎の実には、ころあいを見計らっては小鳥や栗鼠が群がっては、小さな宝石みたいなそれを少しずつ掠め取っていく。
みどりの風、太陽のにおい。
そのままじっとしていたら、甘えるように鼻先が背中に擦り寄ってきた。
「オラもおめぇも、おんなしとこにいっぞ」
「?」
目の前を流れるのは、時折吹きちぎられて舞う草の葉と、のどかな栗鼠や四十雀のさえずりと。ねむたそうな、けれど甘えて掠れた悟空の声と。
「オラ、どこにも行ったりしてねぇ。ここにいる。」
どくり、と心臓が深く打つのをはっきりと聴いた気がした。
ぽつりと呟かれた言葉は宙に浮いていつまでも耳の中で反芻する。まるで、心の中まで見透かされたような、動揺を誘う言葉。心臓が、痛い。
「なんだそれ。当たり前だろ」
何気ない風を装ってそれでも腕を伸ばす。背中に回る、大きな体。いつの間に、こんなにでかくなっちまったんだろう、なんて思いながら精一杯伸ばした指先に、暖かい背中が触れた。
そうか、
「当たり前だろ、お前、ここにいるじゃないか」
ここにいるんだ。
へへっ、だろ?
嬉しそうに笑う声がなんだかくて嬉しくて、まっさらな空を仰ぐ。高い高い空、背中をくすぐる暖かい寝息と、指先の感触。
遠くにいても、近くに感じられる。
(できることを、すればいい。俺のできる精一杯で、)
・・・こいつを守ってやれればいいんだ。

そう、思った。





泣くなよ。なんでお前がそんな顔してんだよ、泣きたいのはこっちだよ。
滲んだ視界に捕らえたのは、金色の美しい獣。もはや逃げるとか、抵抗するとか。そんな気を起こせないほどの、圧倒的な力と、何より、
(綺麗だ。)
青白い月を背に吼えるその生き物は、目を見張るほど美しかった。
(こんな綺麗だったんだな、スーパーサイヤ人て、)
実際のところ、悟空(カカロット、って言った方が良いんだろうかこの場合。いや、でもそれは嫌だ。なんだか、嫌だ)は泣いているわけではなかったが、どうしてもそう見えた。泣いているか、それよりもっと酷い有様に。
声を出すために開いた口からは、さっきから意味のない叫びか、掠れた息のようなものしかこぼれてこない。もはや痛みも何もかも通り越した下半身、痺れしか感じない。きっと酷い有様になっているんだろう。
「、く・・・ぅ」
かろうじて動く唇でかすかに呼ぶ名前に、目の前で揺れる翡翠が驚いたように目を見開くのが見えた。
熱した火掻き棒を突っ込まれたような腰は、ぐずぐずと溶けて、血を流しながらも目の前の獣とつながっている。動くたびに、何か鈍い痛みのような、少し違うような、体中にそんな信号を送りながら何もかもをかき乱す。
翡翠の瞳は、まるでそのとき初めてここに自分がいることを理解したかのような、本当に「驚いた、」といった顔で。それまで夢中でむさぼっていた体を止めて、一時か、それより少し長い時間、捉えた獲物を見下ろしてくる。
きっともう、自分は喰らい尽くされて、骨と皮くらいしか残っていないだろう。なんて自嘲気味に笑ってみる。それは・・・中途半端に唇が引きつったくらいにしかならなかっただろうけれども。
「やむ、・・・ちゃ?」
ああ、聞こえてるんだな俺の声。なんて声だしてんだよ、そんな出会ったばっかりの頃みたいな。まだ幼い、何も知らない子供みたいな・・・そんな声反則じゃないか、
被害者はこっちなのに、悪いのは全部・・・俺みたいじゃないか。
「・・・と、で、ぶっとばす・・・ぞ、」
動かない右腕(多分、折れてる)に代えて、必死に伸ばした左腕で頬に触れる。呟いた声もなんとか声にはなった。良かった、と思いつつ金色に輝く髪をくしゃくしゃとなでた。
「あとで、な」
だから今はスキにすればいい。きっとこれは、自分にしか与えられないものなのだ。気は太いが華奢なこいつの伴侶ではきっと受けきれない。対等の地位とプライドの高い、こいつのライバルでは満たされない。
・・・自分でいいのだ。
「・・・?」
情けなく震える腰に鞭打つと、一瞬怪訝そうな表情を見せた悟空の体に、思い切り自らをぶつけてやる。深くに突き刺さる熱としびれに気を失いそうになるものの、悟空にはそれで十分だったらしい。短く低いうなり声の後に、どくどくと体へ何か熱いものが流れ込んでくるのがはっきりと分かった。
覚えているのはそこまでで、あとは一度大きな波に意識を浚われたと感じただけで、もう痛みも、熱も、何もかも遠ざかっていった。
視線の端で捕らえた、山吹色の道着の、大きな背中も。
一瞬見えただけで、あとはもう、手を伸ばしても届きそうにない。だってもう、視線にすら、
捕らえられなくなってしまったから。
組み伏せられたことよりも、傷つけられたことよりも、手が、もう届かなくて、声も届かなくて、それが一番怖くて悲しくて、

痛かった。


対等でありたいなんて、大それたことは言わない。
ただ、ただそこに居たかっただけだ。隣とはいわない、そこが自分の居場所ではないことは分かっている。
ただ、最後まですべてを見届ける場所に、視線の端にでもいい、お前の背中だけでも、見つけられる場所に、まだしがみついていたかっただけだ。











・・・雨

体のどこかでひやりとした冷たさを感じて意識だけがふわふわと浮き立つ。
漬物石にでものしかかられているような、ひどい拘束感と熱と痛み。少しでも緩めば、体中ばらばらに引き裂かれそうな痛みに襲われて喉が引きつる。
そんなこちらとはお構いなしに、暗い視界のどこか遠くで、夜鳴き鳥の聲が耳の奥にしみこんできた。まぶたを開くと、目の奥に白く鈍い痛み。月だ、と認識するにはまだ、思考は酷く緩慢で。青白い光は体から染み出す命を少しずつ吸い取って輝くように、静かに、冷たくただそこに穴を開けている。
優しく痛い、光。
・・・ああ、まだ生きてるのか。
「・・・ヤム、チャ、」
たどたどしい声に、かろうじて動く首をめぐらせると、何のことはない、ひどい拘束感を感じていたのは背中から抱え込まれているせいだった。首筋に埋められた顔。くぐもった声はひどく不安げで、傷ついた子供のようで。視界の端に揺れる髪は黒。白銀の冷たい光を浴びてなお、健康的に明るく暖かな肌がぴったりと体を抱いている。
「さんざん、やってくれたな・・・お前」
まだつながっているのか、腰がひどく熱く、重い。けれどそんなこと感じられなくなるほどには満身創痍のひどい有様だった。頼むから謝る前に仙豆をくれよ、と思う。でなければぶん殴ることも出来ない。
「オラ、なん、・・・で、月が、月が」
切れ切れの、まとまらない言葉。まるで月から視線をそむけるかのようにぎゅっと回された腕。子供のかんしゃくか、そのひどい暴力の原因は、と思うと、もはや怒鳴る気力も腕を振り上げる力すら出てこない。
ほんと、
(馬鹿じゃないのか)
声には出さない、出してなんかやらない。それでも、この鋭い弟分はきちんと分かったらしく、かすかに背中を震わせて不満げに鼻息を漏らす。動かないからだをだらりと預けたままの暖かい腕。大丈夫、こいつはそんなに弱くないだろう。
「落ち着いたか?」
徐々に回復し始める喉を絞ってこぼす声はまだ少し掠れる。それでもさっきよりはずいぶんとマシだ。ん、と小さな声とこくりとうなずく首。
すまねぇ・・・、と消えそうな泣き声が一度、弱弱しく耳を打った。
ぼろぼろの体よりも、痛みを訴え続ける体よりも、よほど痛々しい悟空の声。人を傷つけながら、一番深く傷を負うのはいつも悟空だというのは、ずっと昔から知っている。
ずっと昔、もう、ほとんど消えてしまいそうなくらいおぼろげな日々。霞の向こうに淡くけぶって、かすかな風にも揺らいで届かないものとなりそうな。
もう、指先に残る感触だけが、でも、それすらも消えてしまいそうで。こちらからは手を伸ばせない、思い切り泣き叫んで縋り付くことも、出来ない。
「ごくう、」
「うん、」
「お前の声、痛い。」
「・・・うん、」
「痛いんだ、お前の声、指も。・・・全部、」
「全部、いたいんか。ここにいるのに、全部いたいんか」
(優しすぎるんだ。痛いくらいに)
背中に触れたからだから、ばらばらに切り刻まれてしまいそうなほど。まわされた腕も、子供のような頼りなげな震える声も、全部全部。

「いたい。」

泣きそうだ。
自分も、悟空も。月の真下。こんなところに裸で放り出されて、動けないほどがんじがらめで。どこへもいけない。
隣から逃げ出したいのに、逃げ出せない。それと同じくらいに、どこへも行きたくないと、思ってるからだ。

「・・・いたい、」

ああ、もう・・・分かってしまった。言葉とは裏腹に、少しこぼれた笑みに、逆に悟空の広い背中がこわばる。ますますきつく回される腕と、いやだ、と駄々っ子のような声。
いやだ、ここに居る。ここに居るっていったろ。何度もそう繰り返される声。月を孕んで薄く、淡く輝く瞳と髪。
不安と恐怖か、はたまた破壊衝動と欲なのか、激しい気に押しつぶされそうになりながらも触れる背中を、ゆっくりと、抱いた。
一度だけ。きっと、これでもう、
(最後だ。)
触れた手をゆっくりと下ろす。
見上げた空に、相変わらず大きな月。薄蒼い揺らぎを讃えてたただそこにじっとある、それ。月は悟空じゃない。
悟空は、月じゃない。だから、
「お前は、先に進まなきゃ、だろ」
月は太陽のそばにあるものではない。太陽の描いた軌跡に沿って、ただただゆっくり歩を進めることしか出来ない。
それでも、輝きだけは見えているから。
「・・・ちゃんと見ててやるから」
さらさらと波の音を泣く風と、緑の海原。月の道しるべではあまりにも心もとないから、太陽に照らしてもらわなければならないだろう。
子供のような顔で笑う、底抜けに優しい、美しいこの青年に。
「だからお前は前を見るんだ」
「オラは、皆の隣に居る」
「分かってる」
冷たい緑の海原をなでる指先に、こつりと小さな木の実が触れる。
「・・・どんぐり」
いつだったか、悟空がくれたものだ。ポケットにでも入っていたのだろう。冷たく硬い、ころりとしたそれを握り締めて、泣きそうな顔をしている自分に気づく。見られたくなくて、硬く握った拳に唇を当てた。
「・・・お前が、道しるべだから、先を行ってくれよ悟空。」
(真っ暗で何も見えないから、迷ってしまうんだ。)
「長生きするにはゆっくり生きることが必要である。っていうんだよ。俺はゆっくり付いてくから大丈夫だって」
 月は、ゆっくり巡りながら光を享受し、見守ればいい。伸ばした腕が届かなくなっても、姿を見失っても、いつかまた会えるかもしれないから。
「ヤムチャ」
 うん、と振り返ると、あの、いつもの笑顔の悟空がいた。

「ありがと、な」

そんなに優しい声で名前を呼ぶから、
今度こそ息をつまらせて泣いた。
何度も何度もしゃくりあげて唇をかみ締めて。抱きしめられた腕は温かくて、懐かしい太陽の匂いで、

ひどく優しく、遠くて。
痛い。

「きっとこれで、最後だ。」

蒼い月の光を浴びた金色の獣は、・・・とても綺麗だった。
夜風にわずかににおうのは、アメジスト色の溶けた淡い月の香り、多分、もうすぐ夏が来るのだ。

作成:2008年3月12日
最終更新:2016年12月10日
初めて書いたDBの二次創作が空ヤムでした。
びっくり。

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