てのひらのひみつ

「なにやってんだいあれは」
 と、あきれた声で18号がつぶやくその先で。いつもの光景いつもの喧嘩。いつもの小競り合いが先ほどから永遠と繰り返されていた。ただし小競り合いの一言で片づけるには派手すぎる砂塵と、こぼれる一撃が岩をも吹き飛ばすのだから一般人からすればたまったものではない。
「さぁなぁ……どうせまた悟空がちょっかいでも出してベジータが怒ってるんだろ。あいつ懲りないからなぁ」
「ふうん、仲がいいんだね」
さして興味もなさそうにつぶやく彼女の足元に、「ママ、おしっこ」と眠そうな顔でぐずるマーロンが現れて18号はそれ以上殺伐とした光景に視線を向けることをやめ、マーロンを抱いてブルマにトイレの場所を聞いている。
 仲が良い、というにはあまりに殺伐としすぎているのではないだろうか。
「仲……いいかぁ?あれ……」
 つかみかかった拍子なのか悟空が勢いよくベジータの裾をまくりあげて、叫び声をあげたベジータに吹き飛ばされている。派手な爆音とともに池から水煙が上がるのを後目に、クリリンはもはや誰も止めようとしないそのじゃれ合いを酒の肴に、ぼんやりと気の抜け始めたビールを啜った。



 事の発端は何だったのだろうか。
「ノルマは1人1個!」
 とドラゴンレーダーを皆に配ったブルマの号令、よーいどんで始まった北の都復興、チキチキドラゴンボール探しレース(ブルマ命名)の終盤。地理に明るい天津飯とピッコロがそれぞれが2つ、カメハウスに亀仙人を送り届ける途中で運よくクリリンと悟飯が合わせて1つ。開始早々に悟空が見つけた1つと、残り1つを目前に、まだ収穫のないベジータ。
 最初は面倒だだの下らないだのと、さして興味もなさそうな顔をしていたくせに、いざ自分がドンケツだと判ると面白くないらしい。やっと探し当てた最後の1つ。運が悪かったのは、ちょうど同じ頃レーダーを頼りに残り1つを探し当てた悟空と鉢合わせしてしまったことで。
「おい!それは俺が見つけたんだ!」
「なんだよベジータのが来るのちょっと遅かったじゃんか」
 あ、それ何か昔どこかで見たことある。ナメック星辺りで。とその話を聞いたときにクリリンは思ったが、まあそれは口に出さないことにして。結局既に1つ見つけていた悟空がベジータに文字通り星を譲って事なきを得たらしかった。
 それはまあ良かったのだけれど、問題はその後に起きた。
「ベジータ、手」
 地球の裏側まで飛んできてしまったために、北の都まで帰るのに時間がかかるだろう、と判断した悟空の何気ない一言と仕草。瞬間移動をするために差し出した手の先で、見る間にベジータの顔が凍りついた。
 白いグローブにいつも覆われた指先は、無頓着なくせにどうして、とは思うが彼なりの何か譲れない拘りのようなものなのだろう。詳しく聞いたことはないが、惑星ベジータ時代から、(あえて言うのならば子供の時から)ずっと着けているとの事だった。
 それはある種のスイッチのようなもので、本人は自覚していないようなのだけれど、グローブを外した時のベジータは無防備だ、と密かに悟空は思っている。それは例えばカプセルコーポにいるとき。戦闘服を着ずにブルマやトランクスと過ごす時、むろんベジータはそれをつけていない。むき出しの、白い指先。
 本人がどう思っているかにかかわらず、そんな時のベジータには総じてほんの少し、針の先ほどの隙が出来ている。要するに、ベジータにとっての指先とは他人にあまり晒したくはない感覚器のようなものなのだろう。サイヤ人が尻尾を使って体の色々なバランスを取っていたように、尻尾を失った今、彼はそれを指先にゆだねている。……気がする。
 やすやすと手を握られたくないのは、自分がふれた相手の気を読むことができるのともう一つ、そんな理由があるのではないか、と悟空は何となく感づいては居た。感づいては居たのだが、なにぶんそんなことはすぐに忘れてしまうので。その時も何気なく差し出した手をはたき落された結果、結局ドラゴンボールを持ったままベジータは全速力で北の都に向かって飛んで行ってしまったのだ。
 普段であればさほど気にしなかったであろう、そんな些細な出来事。けれどなんだか、その時の悟空はちょっと引っかかった。引っかかった、というか、かちんときた。だってちょっとくらい、
 ……ちょっとくらい手だって握らせてくれてもいいのに。
 と。そんな些細なその「かちん」が、今盛大な喧嘩という名のじゃれあいになってクリリンの目の前で繰り広げられているわけだった。



「ちょっとぉー、煩いわよ孫くんもベジータも!いい加減にしなさいよあんたたちいくつだと思ってるの……」
 取っ組み合いの煽りを食って、プールサイドに置いてあったビーチパラソルが吹き飛ぶ。空中に舞い上がるそれを横目にため息を吐きながら、上機嫌な破壊神とその付き人に特大パフェを振る舞いながらブルマはため息を吐いた。
「今度は何が原因なの?折角ドラゴンボールで北の都を復活させたと思ったらあれなんだから」
 そう。最後に戻ってきたベジータのドラゴンボールを使って北の都を復活させた後、珍しくベジータに食って掛かったのは悟空の方だった。ベジータからすればこれ幸いのチャンスだったのだろう、殴り合いをしながらもどこか楽しげな夫を見るブルマの目は冷めたものだ。
 まるで子供を見守るようなその視線に、ウイスは相変わらずの笑みを浮かべ、ビルスはさして興味もなさそうに目の前のごちそうに舌鼓を打っている。(ちなみにドラゴンボールの二つ目の願いで『特大パフェ』とプーアルもびっくりな願いで出てきた巨大なパフェだ)
「さぁ……ただ悟空がベジータにつっかかるのって何か珍しいですよね。いつもはベジータのほうから食って掛かってるってイメージなのに」
 君たちも食べなよ、と寛大な破壊神の一言に大喜びでパフェに群がる子供たちを見守りながら気不思議そうに空を見上げるクリリンがつぶやく。そうなのだ。普段決まって悟空に食って掛かる方のベジータではなく、ドラゴンボールを持ってベジータが帰ってきた途端、待ってましたとばかりに飛び込んでいったのは悟空の方だったのだ。
「貴様ーッ!いい加減にしろーッ!!」
 ぼおん、とけたたましい爆音が響いて頭上で吹き飛んだビーチパラソルが粉々になって降り注ぐ。煩いぞ、孫悟空!といい加減騒ぎに飽きてきたらしいビルスが口の廻りをクリームだらけにしながらイラつくのを見て、クリリンとブルマが「まずいぞ」と思った時だった。
「じゃあ、ビルス様ちょっとだけ手伝ってくれよ、ちょっとだけでいいからさぁー!」
 と、とんでもないことを口走る悟空に、ベジータだけでなく思わずクリリンもそろって「何言ってるんだこのバカ!」と怒声を上げる。折角ウイスの機転で地球が復活し、北の都も目出度く元通りになったというのに、この能天気な一言で再び地球が消し飛ぶとも言い切れないのだ。
 案の定「なんでボクが」と眉間に皺を寄せたウイスに、その能天気な男は「チチの飯美味いからさ、今度たくさん持ってくからさ、だめかー?」なんてさらに能天気な事を言い放っている。し、その言葉に「本当だろうな」なんてビルスも乗り気のようだし。こんな軽い一言で地球の運命を左右されるなんて、とんだお騒がせものだ。と、この数秒でどっと疲れたクリリンはスプーンを片手に椅子に沈み込んだ。
 「お父さん、どうしたの?」なんてマーロンが不思議そうな顔でこちらを見ているが、お前はほんとに天使だよなぁ……とその頭を撫でながらあまりにも力量差のある旧友の蛮行を眺めることしか出来ない。
「卑怯だぞカカロット!!!」
 ふわり、とスプーンを持ったままじゃれ合う二人のすぐ隣まで浮き上がったビルスは、何をするかと思えば一瞬のうちにベジータの視界から掻き消えて背後に現れていた。
 気配を察知できないベジータはなすすべもなく、背後から伸びた腕に羽交い絞めにされて硬直する。その一瞬、弛緩した体を悟空がどうしたかといえば、だ。
「よっと」
 電流に打たれたようにビッ、と四肢の伸びたその片手から白いグローブを抜き取って。指先でその掌にちょっと触れた……ようにクリリンには見えた。
 何やってんだあいつ?と怪訝な顔をした次の瞬間、まるで頭から湯をかけたようにベジータの顔はみるみる赤く上気して震え出している。
「もういいだろ、約束忘れるんじゃないよ。じゃないと破壊しちゃうからな」
「わかってるよ、サンキュー!ビルス様!」
 用が済んだのか、再び巨大なパフェに挑みかかるビルスをぽかんと見つめて、それから動かなくなってしまったベジータを見つめて、ついでにあきれ顔のブルマと顔を見合わせて事のいきさつを見守っていると、ぶるぶると震えるベジータが口を開いた。
「き……」
 たぶん「貴様」とでも言いたいのだろうけど、その顔は可哀そうなほど狼狽して(怒っているというよりは羞恥の為のように見えた)真っ赤になってしまって、震える唇からはうまく言葉がしぼりだせないようだ。
「あー!やっぱりかー!ごめんなベジータ、オラ気づかなくて」
 そんなベジータの態度にも悟空は悪びれもせずに抜き取ったグローブを握って頭をかいている。一体何のことかと思えば、ぽつりと「ベジータ怒るわよあれ」と肩を竦めてため息を吐いたのはブルマだ。
「怒るって、そりゃ怒るでしょうけど……」
「あいつ、てのひらダメなのよ」
「へ?」
「だめなの、弱いのよ」
 と、つぶやかれた言葉は想像していたものとはかけ離れていて。弱いって、てのひらが弱ってつまり、
「ベジータやっぱそこ気持ちいいとこだったんだなー、なんだぁ、言ってくれれば別に手ぇ繋がなくてもどっか触ってればしゅ、」
「――――ッ!!!!!」
 きゅぼ、と、けたたましい音を立てて頭上で光がはじけて散る。幾筋も流れたそれは、綺麗にすべて弾かれて遠く海の方に着水していたが、この騒ぎではまた町から苦情が来るだろう。いくらカプセルコーポレーションとはいえ、これだけ大騒ぎをすればお咎めがないとも限らない。だが、と先ほど聞こえた気がした恐ろしい一言を思って空を見上げれば、湯気を吹くベジータが、返せ!!とグローブを持ったままの悟空につかみかかっているところだった。
 つまりは何だ。あれは悟空がベジータの……性感帯を確かめるためにわざわざ突っかかったとでもいうのだろうか。
「何やってんだよあいつ……」
 何が悟空の琴線だかなんだかに触れたのかは知らないが、そんなことのために地球を危機にさらさないでほしいものである。
「……ほんっと、あきれるほど仲いいんだから、あいつら。」
 ちょっと妬けちゃうわよ、ともはやあきれ顔のブルマを後目に「ほら、やっぱり仲が良いんだよあれは」とマーロンを抱えた18号がつぶやく。
「悟空さんとベジータさんは仲が悪いのかと思ってましたが、地球ではあれも仲がいいと言うんですねぇ」
 髪を青く輝かせてはなったベジータ渾身の一撃に吹き飛ばされ、地面に激突していく悟空を目で追いながらパフェをぱくつくウイスに、
「喧嘩するほど仲が良い、って言うんですよ」
 犬も食わない、と思いながらクリリンが呟いた一言にブルマが頷き、それで納得したのかウイスはそれ以上何も言わなかったが。俺はベジータの性感帯なんて知りたくなかったぞ悟空、とクリリンがその後悟空に言ったかどうかはさておき。
 痴話喧嘩がいつ収束したかは、平和になった地球ではさほど深刻な問題にもなりそうにはなかった。

作成:2015年8月16日
最終更新:2016年11月09日
F見た後すぐかいたやつ。大阪インテのプチオンリーでの無料配布でした。
ベジータのてのひらは性感帯なんだよ、っていうのがやりたかっただけ…。

back

PAGE TOP