スクールボーイズランチトーク

「大学生の交際は健全であるべきなんじゃないかと思うんだよね」
「何、急に」


思わず口へ運びかけていたじゃがいもがぼとりとスプーンから零れ落ちる。資料を返しに来た帰りに学食で食事でもしていこうかと、のんびりしていたところに不意打ちの攻撃を受けて間抜けに開いた口をそのままに、危うく皿に着地してくれた芋を再びスプーンで掬い上げた。カレー、シャツに飛んでないだろうなと少し心配などしながら。
一人でカレーを食べていたところ、どうやら同じく資料返却で資料館へ寄ったらしい不二に音も無く歩み寄られてのこの一言である。付き合いが長くなければ何事かと思ったことだろう。


「別に?僕の私見。」


これから帰りかと問えば、不二は今日は撮影の手伝いだと言いながら、しっかり手に持った盆には学食のランチセットが乗っている。今日のランチはチキンのクラブサンドとヨーグルトの軽めのものだったはずだ。


「ランチタイムに私見を垂れにわざわざ?」


きょとんとしたままカレーを掬ったスプーンを咥えている乾を見て、やれやれと肩を竦める。海堂と乾が週末婚のような真似事をしているらしいというのを知ったのは1年前だ。不思議とその時は「ああ、やっぱり」としか思わなかったというのに、いつの間にかこんなに差し出がましくなってしまったのだろうと不二は首をかしげる。
乾貞治という男は、切れ者のようで実は案外間が抜けているし、他人のことはよく見ているくせに、自分のことまで手がきちんと回っていない感じが否めない。
もう少しちゃんと自分のこと大事にしてあげなよと呆れるほどだ。


「恋人ごっこの真似事のつもり?」


やたらと具の挟み込まれたクラブサンドを器用に口に運びながら不二。阿呆のような顔をしたまま乾はカレーをつついている。…馬鹿じゃないの。不二は指についたマスタードを舐めながら、今度は声にだして馬鹿じゃないのと呟いた。


「なに、だから急に」


それはこっちが聞きたい。噛み千切ったトマトが果汁を滴らせてくるのを、不二は器用にそれをパンで受け止めて付け合せのややしおれたレタスを使ったサラダをフォークで掬い取った。しなびた野菜ほど惨めになるものはないなと思いながら。


「…撮影の手伝いなんじゃないの」
「午後から。それまでは残念ながら相席だよ乾」


不二はアルバイト代わりに知り合いの出版社で簡単なモデルと、趣味の写真を生かして小さなコーナーを受け持っている。特に有名な雑誌ではないが、年頃の男性にしてはずいぶんと柔らかな顔立ちと不思議な雰囲気があいまってか、そこそこの人気が出てしまったらしい。本当は助っ人の1回きりのつもりだったらしいが、今では声がかかれば都合のつくときはなるべく、という条件で顔を出しているようだ。
こういうの、あまり得意じゃないんだけどねと苦い表情を浮かべるのとは裏腹に、撮られる方ではなく撮る方が楽しいので止められないのだと言っていた。


「俺はかまわないけど」


学食のカレーはどうしてこう甘いのだろうか。
まだ少し硬いようにすら思えるにんじんをつついて皿の端に追いやりながら乾は顔を上げた。どうにもこちらの状況を聞きださなければ気がすまないらしい不二をかわせというのは、はだしでサバンナに放りだされてチーターから逃げ切れといわれるのと同じくらいに無謀である。


「海堂のこと」
「…が、何?」
「いつまでそうしてるつもり?」
「そうしてって…何が言いたいの不二」
「ペットかなにかじゃないんだから、いつまで家につなぎとめて、だらだらそういうこと続けて、乾は何がしたいのって言いたいの!」


単刀直入に勢いよくそういい捨てた不二は、付け合せのサラダを平らげることはあきらめたらしい。確かにここの学食の食事はまずくは無いが、しおれた野菜を好き好んで食べたくはない。
怒っているのでもなさそうだが、呆れた顔をして紙ナプキンで指先をぬぐっている不二の横顔を見て「ペット」とひとりごちた。ペットとはまたずいぶんと上手い言い回しを思いついたものだ。耳の奥底で、ちりんと鳴るのは首につけた鈴ではなくて、手渡した合鍵の音だが。
一体飼われているのはどちらなのだろうかと乾は思う。不二の言う「健全な大学生の交際」がどのようなものかなんて、おおよそ見当はつかないが休日に食事をして時々キスをして、もっと時々セックスもする、そんな関係が、


「そんなに不健全かなぁ」


根本に男同士だという大きな溝があるにしろ、だ。もしその健全とやらが体の関係をさしているのだとしたらとんだ見当違いだと思う。以前の自分であればそんなこと考え付きもしなかっただろうが、これはあくまで友情だ、と信じている。…肉体関係も含めた純粋な友情なのだ、きっと。そこまで考えて、あまりの馬鹿馬鹿しさに乾は唇をゆがめた。青臭いにんじんの気配が、まだのどの奥に残っているようでどうにも落ち着かない。


「言いたいことはちゃんといいなよ、お互いに。」


バイト先で姉に恋愛のことをからかわれたときの海堂の顔を見せてやりたいよと不二がため息を吐く。…あの時の海堂の顔といったら!
こいつらは一体なにを怖がって、こんな馬鹿みたいなごっこ遊びを続けているのだろうか。到底理解できそうになかった。中学時代からペアを組んでいたくらいではあったし、卒業後もそのまま二人であったり遊んでいたりだとしてもさして不思議と感じたことは無かった。それがいつの間にか半同棲である。最初その話を海堂から聞いたときは不二も驚いたものだが、ややはにかみながら「週末は乾先輩のアパートから通えるので平気です」と言った後輩の心情はいかがなものだったのだろうか。少なくとも心穏やかに切り出せたはずは無いのだ。
それが乾ときたらどうだ。
海堂の肩を持つつもりは別に無いが、この乾の態度は何も失わないために何も手に入れようとしない中途半端な位置に立っているとしか思えなかった。つまりはそう、ごっこ遊びだ。
「ごっこ」なのだリアルではない、はいおしまい、と言われればそこで遊びはおしまいなのだ。それを分かってるの、と不二は柳眉を綺麗に寄せてみせる。


「…恋愛の練習がしたいなら、海堂を選ぶべきじゃ無かったよ」


まずいにんじんばかりが皿の端っこに盛り上がって、なんだか違う料理のようになっている。サンドイッチを食べ終えたのか、紙ナプキンを丸めながら残りの紅茶を一息に飲み干した不二が席を立つ。


「不二、」

「言いたいことはちゃんと伝えなきゃ、海堂がかわいそうだ」

あの時、泣きそうな顔をしていた海堂を見せてやりたい、と不二はおもった。姉にからかわれて必死に否定しながらも、酷く傷ついた顔をした不安げな横顔。多分知っているのだ、乾は何もほしがらないことを。


「俺は別に海堂を傷つけてるつもりはないよ」
「乾はいつも一言足りないんだよ。あと、自分に嘘つきすぎ。そんなんじゃ誰かにほんとのことなんかつたえらんないよ、ほんともう、ばかみたい」


あーもうやってらんないなぁ、と去り際に背中を叩かれてつんのめりながら、生煮えのにんじんだけが山盛りになって残った学食の皿を前にして、乾は途方に暮れた。レンアイがしたくて海堂を選んだわけじゃないと、いくら不二に言おうが言い訳にしかならないだろう。
バイト先で何を言われたのか分からないが、少なくとも互いに束縛しないことを条件にしてここまで歩いてきたのだ。…そうだろう、海堂。山盛りのにんじんにフォークをつきたてたまま、どうしてこんなことになったのだろうかと、不二に突きつけられた言葉にぼろぼろになりながら、まずいにんじんをもそもそと頬張り続ける。

食べ食べても、それはなくなりそうに無かった。


作成:2010年12月30日
最終更新:2016年12月11日
同人誌「寒い日は美味しいものを食べて暖かいベッドで話を」より
乾海がお付き合いしている前提での乾と不二。

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